織守きょうや『花束は毒』

「酷さ」というフロンティア

織守きょうや『花束は毒』

 第二二回日本ホラー小説大賞読者賞受賞作から始まる『記憶屋』シリーズでブレイクした織守きょうやは、「泣けるホラー」の書き手として知られている。一方で、現役弁護士という職能を活かしたリーガルミステリーも書き継いできた。
 最新長編『花束は毒』は、探偵が活躍する本格ミステリーであり、そして……過去最大のホラー作品である。


事件解決はポジティブな結末を導くわけではない

「僕」こと木瀬芳樹が、中学一年生の春に聡明な少女と出会うエピソードで物語は幕を開ける。

 一学年上に在籍している従兄の聡一は、クラスメイトから陰湿ないじめに遭っていた。法律家の家系に生まれた「僕」は、親たちから〈悪いことをすれば相応の罰を受けると教えられてきた〉が、正義の実現は叶えられずにいる。

 そんな折、一学年上の先輩・北見理花が、金銭と引きかえに「探偵みたいなこと」をしているという情報を得た。探偵の「見習い」だと言う彼女に、木瀬は聡一に対するいじめをやめさせて欲しいと依頼する。少女の策略によりいじめは止んだが──「あんな結果を予想してお願いしたわけじゃないんです。あんなこと、望んでなかった」。

 探偵による謎や事件の「解決」は、ポジティブな結末だけを導くわけではないと告げる、刺激的なプロローグだ。

「これはそういう話です、という予告をしておいたほうがいいかなと思ったんです。つまり、決して楽しい話ではないですよ、と」

 本編は、大学一年生になったばかりの木瀬が探偵事務所を訪ねるシーンから始まる。「所長代理」の肩書きとともに現れたのは、中学時代に従兄のいじめ事件を「解決」した理花だった。六年ぶりの再会に戸惑いもあったが、〈今なら、きっと、違う結果につなげることができる〉。木瀬は再び、理花にある事件の調査を依頼する。そして、その調査をサポートする「探偵の助手」役となる。

 この物語にとってもっともふさわしい探偵と助手のありかたは、慎重に模索された。

「事件の真相はだいぶショッキングなので、どういうキャラクターだったら探偵役として受けとめられるだろうかと考えた時に、男性よりも女性かなと思いました。だから探偵を女性に、しかも精神的に強い女性という設定にしています。
 その一方で、助手の木瀬は繊細で心がぐらぐらしていて、なおかつ依頼人でもあるから被害者との関係は近い。真相を知った時、もっとも揺さぶられる立ち位置にいるんです」

七割分かるが三割分からない その塩梅が心地いいし悔しい

 本編で描かれるのは、脅迫事件だ。かつて木瀬の家庭教師だった元医大生で、現在はインテリアショップの店長をしている真壁研一が一、二ヶ月前に恋人と婚約した。本人は隠していたが、婚約直後から家に何通も脅迫状が届くようになっていた。

 木瀬が偶然目にしてしまった一通に記された文言は、「良心があるのなら、結婚をやめろ」。

 手紙の存在を婚約者はまだ知らないが、脅迫行為がエスカレートすれば危険が生じるかもしれない。木瀬は探偵に調査を依頼すべきと進言するが、真壁はなぜか躊躇する。

 その後の展開が新鮮だ。木瀬は脅迫状を出した犯人を突き止め、その証拠をおさえてほしいと、真壁の代わりに探偵に依頼する。

「そういった依頼の仕方は、弁護士の場合はダメなんです。弁護士は依頼者の代理で動く代理人なので、依頼者本人と契約を結ばなければいけない。でも、探偵の場合は、依頼自体に犯罪性がなければ、依頼を受けられるはず。例えば〝息子の恋人の素行を調べてくれ〟という依頼は現実的にあると思うんですよね」

 実は、真壁が探偵への依頼を躊躇していたのには理由があった。過去のある事件のせいで、脅迫者を積極的に追及することができなかったのだ。本格ミステリーという性格上、ストーリーに関してこれ以上書くとネタバレの領域だ。が……必ず騙されるということは保証しておきたい。

「要所要所で情報を整理して、読者の方が自分なりの真相を思い浮かべてもらえるように書いていったつもりです。私自身がミステリーを読んでいる時、〝まったく分からなかった!〟となる作品も好きなんですが、例えば〝この人が怪しいな。でも、あのトリックはどうやったのかが分からないな〟となるぐらいが楽しいんですよね。
 七割は分かるけど残り三割は分からない、という塩梅が読んでいて一番心地いい。そこから引っ繰り返されるのが、一番悔しいんです」

 本作に関して、もう一つ保証できることがある。真相が明かされる瞬間、読者の胸に突きつけられる感情は、恐怖だ。

「ミステリーを書く時は、まずトリックを思い付いて、そこからの逆算でお話を考えていきます。『花束は毒』も〝実はこうだった〟というトリックの部分、真相に当たる部分をある時ふと思いついて、これは読者がびっくりするんじゃないか、と手応えを感じたところから構想を始めました」

真相の衝撃を強めるよう全てを組み立てていった

 ただ単にびっくりさせるだけならば、短編でも良かったはずだ。

「驚かせて終わりではなくて、本を閉じた後もずっと考えてしまうような、余韻が残るものにしたかったんです。そのためには、真相に至るまでの過程を丁寧に書いていくことで、真相のショックを極限まで強める必要がありました。
 まずは最後まで飽きずに読んでもらえるよう、細かい謎やトリックを仕込んで物語の組み立てを工夫する。それから探偵と助手のキャラクターもしっかり立てて、調査によって新事実が現れるたびに〝何が正しいか?〟という考えの揺らぎであるとか、〝真実は告知されるべきなのか?〟とか問いかけが現れる瞬間もふんだんに盛り込む。
 キャラクターに感情移入しながら読んでいったぶん、見てきたものが引っ繰り返された時の衝撃は大きいですよね」

 そうした選択の裏には、自分をミステリーへと導いてくれた作品群への愛と憧れがあった。

「日本の新本格と呼ばれる、パズル要素が強かったり特殊設定を取り入れたりしたようなミステリーが昔から好きで、これまで自分で好んで読んできたものはそういうタイプが多かったです。
 その一方で、分かりやすく言えばアガサ・クリスティのような、人間の心理を重視した海外のミステリーも大好きなんですよね。登場人物の主観の入ったセリフや行動でミスリードされて、こちらとしては〝事件の構図はこういうものだな〟と思い込んでいたところが引っ繰り返る、という……。
 例えばトマス・H・クックの『夜の記憶』(二〇〇〇年)という長編は、トリックがどうこうという小説ではないし、ある程度結末に予想はつくんです。でも、そこへ辿り着くまでの話の組み立てや主人公の心理描写が絶妙で、最終的な真相に辿り着いた時の衝撃はたぶん、一生忘れられない。そういう衝撃を、自分なりに形にしてみたかった」

書店員から届いた悲鳴まじりの感想

 書き終えた時は気づかなかったが、しばらく経ってから、じわじわ湧き上がってくるものがあったそうだ。

「ミステリーとして自信を持って世に送り出せるものが書けた、という手応えはあったんですが、そこまで怖いというか酷い話を書いたつもりはなかったんです。担当編集さんから〝よくこんな酷いことを思いつきますね〟と言われても、あははと笑っていました。
 でも、例えば法律の観点からみると、この事件の犯人のしたことって、逮捕されてもせいぜい執行猶予がつくくらいだったり、そもそも事件化できるかも怪しいところなんですよね。けれども、事件に関わった人たちの人生は、回復しようがないぐらい決定的に損なわれてしまっている。
 特に視点人物である木瀬にとっては、あまりに厳しい選択がラストで突きつけられているんです。ゲラを読んでくださった書店員の方から悲鳴まじりの感想をいただいたこともあり、認識が追いついてきました。確かに、酷い(笑)」

 人間は、こんなことも考えることができる。世界には、まだ発見されていない感情がある。「酷さ」がその荒野を切り開いたのだ。

「続編なんて絶対無理だなと思っていたんですが、担当さんは〝木瀬君がどんどん酷い目にあう続編が読みたい〟とおっしゃっていて、そうかあ、すごいことを考えるなと思っているところです(笑)。ただ、もし続編をやるとしても、『花束に毒』の最後の場面の先で木瀬がどちらを選択したかを書くつもりはありません。〝正しさ〟の天秤はずっと揺れ続けていてほしいんです」


花束は毒

文藝春秋

元医学生の真壁は「結婚をやめろ」との手紙に怯えていた。彼には、脅迫者を追及できない理由があった。木瀬はかつての家庭教師・真壁を助けようと、探偵・北見に調査を依頼。木瀬と北見は中学時代の同窓生である因縁があった──。人間の「おぞましさ」と海外ミステリーを彷彿とさせる「軽やかさ」が共存する作品。


織守きょうや(おりがみ・きょうや)
1980年ロンドン生まれ。2012年『霊感検定』で講談社BOX新人賞を受賞し、デビュー。2015年『記憶屋』で日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。同作はシリーズ化され累計60万部を突破。ほか『少女は鳥籠で眠らない』『ただし、無音に限り』『響野怪談』『朝焼けにファンファーレ』など。

(文・取材/吉田大助)
〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.7 うさぎや矢板店 山田恵理子さん
◎編集者コラム◎ 『海が見える家 逆風』はらだみずき