著者の窓 第30回 ◈【特別対談】一本木透 × 今村昌弘
AIによって翻弄される人間の心
── 一本木さんの『あなたに心はありますか?』と今村さんの『でぃすぺる』が同時発売されました。どんな作品なのか、まずは教えていただけますか。
一本木
『あなたに心はありますか?』は〝AIは心を持てるのか〟というテーマを扱った社会派ミステリです。舞台は東央大学の工学部の研究室で、主人公は胡桃沢という39歳の特任教授。彼がAIロボットに心を持たせようという産官学共同のプロジェクトを立ち上げるのですが、そのお披露目シンポジウムのパネルディスカッションの場で、胡桃沢を含む4人の登壇者はAIの軍事利用に対して警鐘を鳴らします。ところが登壇していた老教授が急病で倒れ、そのまま死んでしまう。やがて胡桃沢ら3人の教授を殺害するという脅迫メールが研究室に届いて……という話です。タイトルは『心はありますか?』という疑問形になっていますが、これはAIに対してだけでなく、人間にも向けられたもの。AIの登場によって翻弄される人間の心を、描いてみたいと思いました。
今村
『でぃすぺる』はかつて鉱山で栄えた田舎町に住む小学生3人が主人公です。6年生の2学期、同じ掲示係になったことをきっかけに、3人は町の七不思議を探ることになるのですが、その七不思議というのは1年前、ある事件で殺された女性が、死の直前になぜか書き残したものでした。七不思議に事件の手がかりが隠されていると睨んだ子どもたちが、ひとつひとつ怪談の真相を探るうちに、それまで気づいていなかった町の秘密がじわじわと明らかになっていくという、ホラーでもあり、本格ミステリでもあり、ジュブナイルでもあるという作品になっています。
一本木
『でぃすぺる』、僕も読ませていただきましたが、ノスタルジーをそそられる作品ですね。大人は誰もが元小学生だったので、読んでいると自分たちの子ども時代に回帰できるし、今の小学生が読んでも自分たちの体験と照らし合わせて、身近に感じることができる。エンタメとして広い読者層を掴まえられる魅力のある作品だな、さすが今村さんだな、と思いました。
今村
ありがとうございます。ほっとしました。
『でぃすぺる』
今村昌弘=著
文藝春秋
一本木
これまでの『屍人荘の殺人』などとはまた違ったテイストの作品になっていますね。
今村
僕がこれまで書いてきた作品は、特殊設定ミステリと呼ばれるもの。最近ちょっとしたブームになっていますが、現実世界には存在しないものを登場させて、それにまつわるルールを設定し、その設定を利用した動機や犯行方法を盛りこむというタイプの作品です。そこで描かれるのはどうしても凄惨な殺人であったり、猟奇的な動機であったりする。そうした本を日々書いたり読んだりしていると、もうちょっと素直で活気のある、パワーに溢れた登場人物が書きたくなってくるんですね(笑)。それで今回は小学生を主人公にしてみました。
子どもだから見えるもの、見えないもの
今村
僕も一本木さんの新作、読ませていただきました。前作の『だから殺せなかった』は新聞記者という一本木さんの前職を生かした、サスペンスフルな社会派ミステリでしたが、今回はがらりと感じが変わりましたね。前半はあえてややスローペースに展開することもあり、おそらく後半にサプライズがあるだろうと予想していたんですが、ひっくり返しのパターンというのはそれほど数が多くない。どの手で来るんだろうと読み進めていくと、後半3分の1でこちらの想像を大きく超えてくれました。
一本木
そう言っていただけると嬉しいですね。ありがとうございます。
『あなたに心はありますか?』
一本木 透=著
小学館
今村
今回、AIというタイムリーな題材を取り上げようと思ったのはなぜだったんですか。
一本木
今年になって ChatGPT などの生成AIが大きく話題になりましたが、実はそれより前から、AIとミステリを絡めたら面白いんじゃないかと思って、注目していたんです。今村さんは先日X(旧Twitter)に「変なことをやり通したい」と投稿されていましたが、僕も同じ気持ちなんです。AIの登場によって、人間の側に恐れや不安などさまざまな反応が引き起こされる。AIを取り扱うことで、より深く人間を描けるんじゃないかという、ひねくれた発想があったんです。変なことをしたいというのは、第27回鮎川賞組に共通する資質なのかもしれません。
今村
そうかもしれないですね(笑)。
一本木
今村さんが『でぃすぺる』で怪談を扱ったのは、どうしてなんでしょうか。
今村
子どもの頃というのはまだ色々なものが見えていない年頃ですよね。社会的な問題にしても、自分を取り巻く人間関係にしても。自分の子ども時代を考えてみても、クラスメイトの家庭環境などを全然気にしていなかった。子ども同士当たり前につき合っていたけど、後になってみて、あの子の家は複雑な問題を抱えていたんだな、と気づくことがあります。
一本木
確かにありますね、そういうこと。
今村
一方で、怪談や怪異との距離感は大人に比べてはるかに近いですよね。その手のものが本当にいると信じ込んで、無条件に怖がってしまう。それは自分を取り巻く世の中が見えていないのと、どこか響き合う部分があると思うんです。主人公たちが直面しているのが大人の事情なのか、それとも本物の怪異なのか。その揺れ動きに面白さが生まれるんじゃないかと考えました。それと僕自身、非常に怪談好きということもあって……(笑)。
一本木
僕も怪談は大好きです。
今村
最近は YouTube で怪談を語っている方も多く、色んなところで怖い話を目にしたり、耳にしたりできるんですが、一番好きなのはプロではない身近な人が語る怪談なんです。これといったオチもなく、「結局あれは何だったか分からないんだよね」で終わることも多いんですが、そこに創作物にはないリアルさを感じるというか。『でぃすぺる』では頭をひねって架空の七不思議を作りましたが、理屈っぽい自分が作っていることもあり、自分ではまったく怖くない(笑)。読んだ方から「怖かった」という感想をいただくとほっとします。
今村さんが贈った、悩める一本木さんへのメッセージ
──しかもその七不思議には、主人公たちが事件の真相に迫るための手がかりがちりばめられています。
今村
ユースケという男の子とサツキという女の子がそれぞれ違った視点から七不思議を読み解いて、ミナというもうひとりの子が「それは違うんじゃないか」と否定する。そのための手がかりを作らないといけなかったので、まあ面倒くさい、面倒くさい(笑)。書く方としては非常に厄介でした。一本木さんは特に力を入れられた点、苦労された点はありますか。
一本木
AIによって心乱される人間のあたふたぶりを、いかに克明に描くかという部分ですね。それとさっき今村さんが言ってくださったように、物語の3分の2くらいまではサスペンス要素が色濃く、ラスト3分の1で見える風景ががらっと変わるんです。そのギャップをできるだけ演出する、というのも力を入れたところではあります。
今村
本格ミステリだと探偵役が真相を語り出すシーンが書いていて一番楽しいんですが、一本木さんもラスト3分の1以降を書くのは楽しかったんじゃないですか?
一本木
それはもう楽しかったですね(笑)。それまでの話をひっくり返して、意外な真相を語ることで読者にカタルシスを与える。それはミステリを書いていて常に目指していることです。『あなたに心はありますか?』は本体価格1,800円なんですが、ラスト10ページくらいまで読んでいただくと、金額以上の価値を感じてもらえるんじゃないかと思っています。
今村
読んでいて思ったのは、やっぱり一本木さんはミステリの人だなということです。ラスト3分の1を読んでいくと、それまで違和感なく受け入れていた文章がまた違った意味を持ち始める。ネタバレになるので詳しくは語れませんが、僕が気に入っているのは「人権派」という言葉の扱いですね。
一本木
そのあたりはマジシャンの心理に似ているかもしれませんね。読者というギャラリーは、だまされたくてマジックショーに来ている。その期待に応えるためには、鮮やかなどんでん返しを決めなければと思います。今村さんは覚えていないかもしれませんが、なかなか作品が書けずに悩んでいた時に、今村さんからダイレクトメッセージをもらったことがあるんですよ。「悩んだだけいいものができる」っていう。
今村
ああ、そんなことを言ったような気がします(笑)。
一本木
これはすごくいい言葉だなと思って。メモに書いて、執筆中はパソコンの横に貼っていました。
面白いミステリは2度読んでも面白い
──『あなたに心はありますか?』も『でぃすぺる』も真相を知ったうえで、伏線を確認しながら再読する、という楽しみ方もできますね。
一本木
そうそう。面白いミステリは2回目も面白いんです。僕はアガサ・クリスティが好きで、学生時代に60冊くらい読んだんですけど、その途中で『アガサ・クリスティ読本』的な本を読んで、ある作品の犯人を知ってしまったんです。しかし真相を知ったうえでその作品を読んでみたら、これがまた面白かった。クリスティが読者を欺くためにどんな工夫を凝らしているか、舞台裏がよく見えたんです。皆さんも『でぃすぺる』と『あなたに心はありますか?』を2度読んで、今村さんとわたしのあざとさを確かめてみてください。
今村
僕たちが苦労しているのは、どうやって読者の目を欺くかの部分ですからね。謎解きパートはもともと書きたいことを書いているので気持ちがいいんですが(笑)、そこにいたるまでの段取りがまあ大変です。
──ではおふたりの新作を待っていた読者に、あらためてメッセージをお願いします。
一本木
ぜひ最後までじっくり楽しんでみてください。さっきから申し上げているように後半3分の1で大きな山があるんですが、まだその先がありますから。ぜひラスト10ページの展開に注目してみてください。そして『でぃすぺる』と『あなたに心はありますか?』は、セットで買っていただきたいですね。書店さんで〝第27回鮎川賞同期セット〟として売ってくれたらいいんですけどね(笑)。
今村
『でぃすぺる』は僕がこれまで書いてきた作品とは異なり、殺人事件の真犯人を複数の容疑者から絞り込むというタイプの話ではありません。本格ミステリの論理がどこまで通じるかという挑戦ですし、ある意味、新しいものの見方を読者に強いるような作品だとも思います。果たしてこの真相に賛同できるのか、できないのか。ぜひ読んで判断していただきたいと思います。発売日の9月21日にはたくさんのミステリが発売されるんですが、1冊増えるのも2冊増えるのも一緒ですから(笑)、ぜひ一本木さんの新作とあわせて買い物かごに入れてください。よろしくお願いします。
一本木 透(いっぽんぎ・とおる)
1961年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。元朝日新聞記者。2017年『だから殺せなかった』で第27回鮎川哲也賞優秀賞を受賞しデビュー。同作はWOWOW連続ドラマWでテレビドラマ化される。23年9月に刊行された『あなたに心はありますか?』が2本目の作品となる。
今村昌弘(いまむら・まさひろ)
1985年、長崎県生まれ。 岡山大学卒業。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞 しデビュー。 同作は「このミステリーがすごい!」 週刊文春ミステリーベスト10、「本格ミステリ・ベスト10 」第1位、第18回本格ミステリ大賞〔小説部門〕を受賞して国内ミステリーランキング4冠を達成し、19年に映画化。 同作を始めとする 〈剣崎比留子〉シリーズに『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』がある。 2021年テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。