今村昌弘さん『屍人荘の殺人』

「夢を追うのはいいが、やるなら期限を決めろ」と
父に言われていましたが、その期限がなんと今月末でした。

二〇一七年十月、読書界に異例の事態が起きた。第二十七回鮎川哲也賞受賞作『屍人荘の殺人』が世のミステリーファンの話題を独占したのである。一新人のデビュー作がそこまで読者を熱中させたのはなぜか。「閉ざされた山荘で起きる連続殺人」という古典的な題材を意外な形で蘇らせた驚異の新人、今村昌弘の創作の謎に迫る。

今村さん

──『屍人荘の殺人』は、新人賞受賞作としては珍しいほどの反響を呼びました。おもしろかったのが、本文の九十三ページで明らかになる「仕掛け」について、誰もが気を遣って、ネタばらしをしないようにSNSなどで感想を書いていたことです。みんな、驚きを多くの人に共有してもらいたかったんでしょうね。

今村……はい、ありがたいことに。

──その「仕掛け」ですが、あれを謎解きミステリー構造の中に入れて書くというのは、トリックから後付けで思いついたのか、それとも最初から決まっていたのか、どちらでしょうか。

今村……鮎川哲也賞の過去の受賞作を読んで、密室ものを書こうと考えたのが大前提でした。密室トリックはパターンが出尽くしている、と長年いわれていますから新しい形を作らないといけない。ではどうやるか、と考えた時に小説で書いたあの光景が浮かんできたんです。映画ではよく見る場面だけど、あそこで殺人が起きたことはないんじゃないか、と。

──『屍人荘の殺人』では三つの殺人事件が起きますが、すべて「仕掛け」の特質を利用していて、しかもトリックの種類が異なるというのが素晴らしいです。三つのトリックのうち、どれを最初に思いつきましたか。

今村……第二の殺人のトリックです。ただ、最初に思いついたバージョンには、読者としての自分から「それは安っぽすぎてダメでしょう」と却下されまして(笑)。頭の中で図面を書き直しているうちに、最終形が浮かんできました。

今そこに探偵がいる意味を考えたい

──この作品には明智恭介と剣崎比留子という二人の探偵が登場しますが、後者はどんなトリックが使われたか、というHOWにあまり関心がない。切羽詰まった犯人は、HOWの部分で困難があってもどうにかして突破するだろうからで、むしろ、なぜそんなことをするのかというWHYの要素を重視する。そこがおもしろいのですが、第二の殺人では彼女のキャラクターがうまく活かされていますね。

今村……僕の探偵像の理想は、事件に関わる理由がきちんとあることなんです。単なる好奇心で首を突っ込む、みたいな感じで事件に絡むのは必然性がないと思ってしまうんですね。では探偵の必然性は何かといえば、自分の身を守るためじゃないか、と。事件が起きた時には「犯人の動機は何だ。どうすれば犯人の標的から逃れられるんだ」と考える人物であってほしい。僕自身も、ミステリー的なトリックよりも誰が犯人なのか、ということに強く興味を覚えます。

──本作では、犯人を特定する際の絞り込みをかなり工夫されていたように思います。作者としてもかなり重視している部分なのですね。

今村……僕はミステリーにものすごく詳しいわけではないのですが、犯人を特定する根拠が、容疑者の中で一人がどこかで失言をしていたから、というようなものだと読者は満足しないんじゃないかと思います。いくつか手段はあると思いますが、消去法が一番本格ミステリーらしくていいかな、と。僕は、有栖川有栖先生の〈学生アリス〉シリーズが大好きなんですけど、あの中でも消去法がよく用いられています。影響を受けたのかもしれませんね。

──創作についてもう一点伺いたいと思います。先ほどから言及している「仕掛け」がありますから、話が進むにつれてだんだん緊迫感が増していきますね。どう書けばスリルが盛り上がるのかという点については、意識されましたか。

今村……はい。今回けっこう困ったのが、「ああいう環境に閉じ込められてる人たちって、殺人が起こる間は何をしてるんだろう」ということでした。おとなしく殺されるのを待っているはずがないから、何かしていないとおかしい。そういうこともあって徐々に危機が迫ってくるという推移を物語の軸の一つに定めました。実は三つの殺人トリックも順番は決めていなくて、展開上どこに配置すればそれは使えるかということを、話を作りながら考えていったんです。

驚異の新人は本格ミステリーを知らなかった

──「受賞の言葉」で今村さんは、自分は良き本格ミステリーファンではない、と断っておられます。ところが読んでみると、痒いところに手が届くというか、こうあってもらいたいという絶妙さで話は展開していきます。読書体験がそこに活かされているはずなので、ぜひデビューまでの足跡をお聞かせください。ミステリーはいつ頃から読んでおられるのでしょうか。

今村……小学生の時に図書館で児童向けのミステリーは全部読破していたんです。それがミステリーであるという知識はなくて、「おもしろい本」という括りでした。その頃でいちばんミステリーに近づいたのは、当時流行っていた『金田一少年の事件簿』でしょうか。ただ、うちはあまりマンガやゲームを買ってもらえる家庭ではなかったので、それも続けて読んではいません。中学か高校の時に出合ったのが米澤穂信さんの『氷菓』ですが、ちゃんと勉強するつもりでミステリーを読みだしたのはもっと後で、成年以降、〈学生アリス〉や綾辻行人先生の『十角館の殺人』を手に取ってからですね。そこで『氷菓』がおもしろかったことを思い出して、米澤先生がお好きな連城三紀彦作品なども読みました。

──十代ではどんなジャンルがお好きでしたか。

今村……冒険ものやSFです。そこからライトノベルに行って、三雲岳斗さんを知ったんです。最初に読んだのが『アース・リバース』です。設定がおもしろくて、三雲さんの全作品を追いかけました。

──そうやって読んできて、いつ頃からご自分で書き始められたのでしょうか。

今村……昔から、読んだものから妄想を広げていくのが好きでしたが、書き始めたのは遅いです。僕は大学で医療系の学科に進んだので国家試験の勉強をしていたんですけど、それが嫌になって(笑)。何かで気を紛らわそうとした時に、自分にできるのは文章を書くことぐらいだったんです。

──逃避で書き始めましたか(笑)。その時書いた作品はちゃんと完結したんですか。

今村……ええ。ただ、ひどかったですね。

──と言いますと。

今村……とにかく好きな要素は詰め込んでるから自分では満足なんですけど、後で読み返してみると、ほとんど人物紹介で終わっているという。大学卒業後は放射線技師として働いていたのですが、そのあたりからどこかに応募してみようという気になってきました。当時は主に短編を書いていて、二、三回応募するうちに電撃小説大賞の短編部門で二次選考まで通過したんです。そこでもらった選評が「あなたは長編も書ける」「キャラクターは立ってます」みたいに、割とひどくない評価だったんですね。それで、作品をより良くしたい欲が出てきました。

──具体的には、どんなことをされましたか。

今村……作品ごとに「これは何々を失敗しました」みたいにノートに書き出していきました。読み返してそうやってミスを見つけているので少しずつ良くはなっていったと思うのですが、仕事の合間にやっているのでペースが遅い。そこでだんだん集中したい気持ちが出てきました。僕はもともと体育会系みたいなところがあって、どうせやるなら高校球児みたいにすべてをそこに注ぎ込んで失敗したいんです(笑)。それで本当に勤めを辞めることにしました。ただ、両親に何と言うかという問題が浮上しまして……。

──それは「辞めるな」って言うでしょう。

今村……父は同じ会社でずっと勤め上げた人だったんで、懇々と諭されました。「『夢を追うんだ』って言って辞めたやつはよう見てきた。でもほぼ全員が諦めて再就職している。お前も夢を追うのはいいが、やるなら期限を決めろ」と。二十九歳の年の七月いっぱいで辞めて、三十二歳の誕生日までということにしたんです。約二年半、その期限がなんと今月末でした(笑)。

──ぎりぎりじゃないですか! 投稿生活はどんな感じだったんですか。

今村……とにかく最初は本を読まなきゃ駄目だろうと思って、一ヶ月ぐらいがんばって一日に三冊読みました。あとはとにかく毎日書き続けて、二〇一六年にようやくショートショート大賞とミステリーズ!新人賞で最終選考まで残ったんです。ただ、ミステリーズ!新人賞落選がわかった八月にふと気づいたんですね。これから何かの賞に応募したとして、結果が出るまで半年はかかる。ということは、翌年十一月の期限までにデビューするためには、五月ぐらいまでには何かに応募していなくちゃいけない、と。それで急いで調べたら、次に〆切が来るのが十月末の鮎川哲也賞だとわかりました。ミステリーズ!新人賞で最終まで残していただいたんで、東京創元社とは波長が合うんだろうと決めて、そこから二ヶ月半で書いたのがこの『屍人荘の殺人』です。その時点で手持ちのアイデアはまるで無し。「そもそも本格ミステリーって何?」というところから勉強して「つまり『金田一少年の事件簿』なんだ。要するに一人の犯人が特定できればいいのね」と納得しました。

──極論すればそういうことですね。

今村……単にどんでん返しがあるだけじゃなくて、手がかりを一つ一つ挙げていって、読者が犯人を特定できないと駄目なんだと。そう考えればイメージもしやすいし、その形式の中で何か一つでも他とは違ったものが出せればいいじゃないかと思いました。

──そこからよく短期間で『屍人荘の殺人』にたどり着きましたね。

今村……たぶん僕は、何かお題をもらった方が書きやすいんだと思います。「密室もので毛色の違うものを」と注文を受けた方がやりやすくて。

ミステリーの謎は解けるから美しい

──『屍人荘の殺人』は、探偵が真相にたどり着いた瞬間がどこかちゃんとわかるのもいいと思うんです。読者にキャラクターの動きを見せて、何を考えていたかを後追いしてもらうことができる。だからこそ推理の醍醐味があります。

今村……できれば読者に謎を解いてもらいたいという気持ちもあります。数学の文章問題と同じで正答率を低くするだけなら簡単です。でも解いていておもしろくはない。三角形の内角の和は百八十度になるということは誰でも知っているけど、その定理をどう当てはめたらいいか見えてこない、みたいなものの方が僕は好きですね。だからなるべく状況は整理して解きやすくしたいと思っています。

──謎解き小説の作家として理想的です。最後に、お好きなミステリーを挙げていただけないでしょうか。できれば短編と長編両方で。

今村……短編なら「赤い密室」(鮎川哲也)です。長編では、僕の原点として〈学生アリス〉シリーズと『氷菓』を。それと、『屍人荘の殺人』を書き終えた後に読んだんですけど、クリスチアナ・ブランド『はなれわざ』。真相を読んだ時に悔しい思いをしたんです。そういうトリックのパターンがあることは知っていたのに、見抜けなかった。それがすごく悔しくて。

──お気持ちよくわかります(笑)。ぜひ実作で復讐してください。期待してます!

 

(取材・構成/杉江松恋)
〈「きらら」2018年2月号掲載〉

 

今村昌弘(いまむら・まさひろ)
1985年長崎県生まれ。兵庫県在住。岡山大学卒。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞し、デビュー。同作は「このミステリーがすごい! 2018年版」国内編第1位、「週刊文春2017年ミステリーベスト10国内編」第1位に選ばれ、注目を集めている。

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