採れたて本!【海外ミステリ#10】

採れたて本!【海外ミステリ】

 作家には自虐ネタが得意な層が一定数存在する。売れていようが売れていまいが関係ない。エッセイでも自作でも、小説家という存在そのものや、自分という存在そのものをとにかくネタにする作家はいつの時代にもいるのだ。限りない自己愛の裏返しか、はたまた自己防衛か、それとも本気で思っているのか。

 日本でも累計百万部を突破した作家、アンソニー・ホロヴィッツもまた、到底自虐など必要のないキャリアを持ちながら(『カササギ殺人事件』〈創元推理文庫〉やコナン・ドイル財団公認のホームズ続編『シャーロック・ホームズ 絹の家』〈角川文庫〉を書き、人気ドラマ「刑事フォイル」などの脚本家であり、ジュブナイルスパイ小説〈アレックス・ライダー〉のシリーズで子供にも愛される)、自虐ネタを盛り込むことに余念がない。著者、アンソニー・ホロヴィッツ自身が登場し、謎めいた名探偵ホーソーンとの探偵行を描く〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズの最新作『ナイフをひねれば』(創元推理文庫)は、そんな「自虐」本格ミステリーの最高峰だろう。何せ、作中でホロヴィッツが容疑者となり、逮捕までされてしまうのだから!

 ホーソーンがかなりいけすかない人物造形であるのも相まって、これまでのシリーズ作品でも、ホロヴィッツは散々な目に遭わされてきた。しかし、今回の自虐の密度はもはや度を超している。実在する著者の戯曲『マインドゲーム』の公演が作中では描かれるのだが、この公演を酷評した劇評家が殺害され、しかも現場からはホロヴィッツのナイフと毛髪が発見されてしまうのだ。まさに絶体絶命の状況から、ホーソーンはいかに彼を救うのか? いや、そもそも救ってくれるのか? 限りなくスリリングな状況に、一気呵成に読まされてしまうこと請け合いだ。そして、マシンガンのように繰り出される自虐の中にさえ、ホロヴィッツお得意の伏線が埋め込まれていることに気付いた時、思わず笑ってしまうだろう。

 本書に登場する戯曲『マインドゲーム』は、アンソニー・シェーファー作『探偵〈スルース〉』や、アイラ・レヴィン作『デストラップ』といった、たった三人の登場人物に絞り込んだ作劇ながら、多重どんでん返しを盛り込んだ傑作演劇(二作とも映画化もあり)に影響を受けた作品であると、本書の第2章では語られている。同章で言及される『マインドゲーム』のプロットを読むだけでも、これら先行作へのオマージュがありありと分かるし、いずれ邦訳で読みたいものである。こういった描写から、イギリス演劇界の雰囲気が伝わってくる点も、読書の愉しみに繋がる贅沢な一冊だ。

ナイフをひねれば

『ナイフをひねれば』
アンソニー・ホロヴィッツ 訳/山田 蘭
創元推理文庫

評者=阿津川辰海 

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