著者の窓 第37回 ◈ 御木本あかり『終活シェアハウス』
「年を取ったら一緒に暮らそう」という夢を小説に
──元同級生のシングルシニア女性4人が、閑静な住宅地のマンションの最上階で同居生活を送る。聞いているだけで気持ちが明るくなるような設定ですね。
男の人がこういう話をするかどうかは分かりませんが、女同士ってよく「年を取ったら一緒に暮らそうね」という話をするものなんですよ。もちろん半分夢みたいな話で、現実にはなかなか難しいけれど、小説の中だったらこの夢を実現させられるんじゃないかと思って、おばさま4人が暮らすシェアハウスを舞台にすることにしました。お金持ちの世界の話じゃないか、と思われる方もいるかもしれませんし、実際、そこそこ経済的余裕のある層の話だと思います。ここではシニア女性にとっての、一種の桃源郷のようなものを書いてみたかったんです。
──主人公は親元を離れ、独り暮らしをしている大学生の翔太。シェアハウスの住人・歌子にスーパーでスカウトされ、秘書という名の雑用係のアルバイトを請け負うことになります。
この話を書こうと思った時点で、直感的に語り手は若い男の子にすると決めていました。おばさまたちのうち誰か一人を主人公にしてしまうと、どうしても話に偏りが出てしまうので、翔太君のように輪の外側にいるキャラクターが必要だったんですよね。翔太君が自転車を漕いでマンションに向かっている、という冒頭のシーンも早い段階で浮かんでいました。ただこの書き方ですと、翔太君が見たものしか書けないんです。たとえば歌子さんたちが夜マンションでどんな話をしているのか、という場面は書けない。そこはもどかしかったですし、少し工夫がいる部分でしたね。
──料理研究家で仕切り屋の歌子さん、元教師でちょっと生真面目な厚子さん、夫と死別し新たな恋を探す瑞恵さん、そして4人目に加わったメンバーで軽度の認知症を患っている恒子さん。個性溢れる4人のキャラクターはどのように生まれたのですか。
あまり深くは考えずに、女友達が4人集まったらどういうタイプがいるかな、という感じで自然に書いていきました。でもどの人もそこらへんにいそうでしょう(笑)。本を読んでくれた高校時代からの男友達が、「みんな仲間内にいるキャラクターだから楽だろう」と言っていましたけど、確かにそうかもと思いました。わたし自身をモデルにしている、というわけではないですね。あえていうなら全てのキャラクターにわたしが投影されています。4人のおばさまたちだけではなく翔太君や、恋人の美果ちゃんさえ、わたしの性格がにじんでいると思いますよ。
──生き生きとしたセリフのやり取りも、この作品の読みどころです。
人が好きなんでしょうね。電車に乗っていても、向かいに座っている人を眺めて、「何をしている人なのかな」と想像するのが楽しみなんです。夫の仕事の関係でいろんな国で暮らしましたけど、行く先々で人と知り合って、話をするのが何より面白かった。口では厳しいことを言っていても、心の中では相手を気遣っていたり、逆に愛想よくしているのに心では相手を見下したりね。いろんな人がいるじゃないですか。そういう経験が生かされているので、自分でもセリフは悪くないかなと思っています。
各国の料理が彩る、シェアハウスの賑やかな日常
──60代後半は人生の曲がり角。恒子さんの病気をはじめ、厚子さんの再就職、瑞恵さんの恋愛など、悩みとトラブルの種は日々尽きることがありません。
60代後半ってほとんどの人はまだまだ元気なんです。実際なってみると分かりますけど、昨日までの自分と全然変わらない。それなのに世間からは「高齢者」と呼ばれて、若い世代に道を譲ってくださいと言われるでしょう。豊富な経験を生かして再チャレンジしようとしても、年齢の壁で撥ねられてしまう。そういう難しい年齢なんですよ。主人公を何歳にするべきか書く前に考えたんですけど、70代だと健康面に不安が出てきますし、シェアハウス暮らしを楽しむには、68歳くらいがちょうどいいんじゃないですか。
──ある日シェアハウスを訪ねてきたのは、歌子さんの元担当編集者・沼袋。退職後、ずっと南米で暮らしていたという変わり者との再会に、4人の心は浮き立ちます。
南米には実際、ああいう風変わりな日本人のおじさんが結構いるんですよ。デビュー作の『やっかいな食卓』(小学館)ではエリートのおじさまたちを書いたので、今回は全然違ったタイプの男性を登場させてみました。奥さんに離婚されて、外国をぶらぶらしている枯れ木のような男性というのも、キャラクターとしては面白いんじゃないかなと。60代後半にもなると恋愛はもう面倒くさい、でも「私の男よ」と思えるような相手はほしい。はっきり恋人だと公言しているわけじゃないけど、誰かに取られると腹が立つ。そんな心の動きも書きたいことの一つでした。
──翔太がアルバイトを引き受ける理由となった中華チマキをはじめ、クツクツと音を立てるアクアパッツァ、野菜がたっぷりの餡かけ焼きそばなど、歌子さんが作る美味しそうな料理の数々にも目を惹かれます。料理のシーンにはこだわっていますか?
そうですね、料理をするのは昔から好きで、料理の先生になろうと考えたこともありました。海外生活ではお客様をお招きする機会がとても多くて、後半は料理人さんにお願いしていましたが、若い頃は何日もかけて全部自分で用意するという生活でした。駐在員の妻って、まあそんな感じなんですよ。おかげで料理には自信がありますし、世界をまわっていろんな美味しいものを食べてきましたから、そういう知識をありったけ詰め込みました(笑)。料理の手順やコツもそれなりに書いていますが、興味のない人を退屈させてもいけませんし、そこのさじ加減はちょっと苦労しました。
──もう一人、この物語に欠かせないキャラクターが翔太の恋人で、ファッションの専門学校に通う美果です。母子家庭に育った彼女は、翔太からシェアハウスの様子を聞き、厚子の悩みを「のんびり生きていける身分で文句言うな」と切り捨てます。ある意味、現代の厳しい経済状況を象徴するような存在です。。
さっきも言ったとおり、この小説は「こうあったらいいな」という理想を描いた物語なんです。でも日々の生活に追われている人たちが読んだら、「何やってるんだ」と感じるかもしれない。そういう声を美果ちゃんに代弁してもらうことにしました。あまり有名でない大学に通っている翔太君も、就職活動でずいぶん苦労しますし、現実の厳しさも多少は取り入れた話になっているんです。
若者と高齢者、知り合えばお互いに理解できるはず
──歌子さんのテレビ出演、厚子さんの大恋愛など、さまざまなエピソードを経て、物語はクライマックスへ。4人の終の棲家に、立ち退き期限が迫ります。
最初と最後のシーンだけを決めていて、あとは書きながら考えていったんですが、それぞれのエピソードがうまく絡んでくれたと思います。理系出身なので、構成を組み立てたりするのは割と得意なんです。住む家を失うというのは、4人にとって最大の危機。「簡単に解決しないほうが面白いですよ」という編集さんの意見もあって、かなり困難な状況に4人を放り込みましたが、それだけにうまく解決させるのが一苦労でした(笑)。
──自由な生き方をしているはずの4人ですが、さまざまな場面で家族との関わりが顔を覗かせます。「家族の面倒くささ」は前作『やっかいな食卓』でも扱われていた問題ですね。
というか、面倒くさいことがない家族なんていませんよ。どの家庭もみんなそれぞれいろんな問題を抱えています。それで何もないような顔をして生きている(笑)。家族の問題というのは普遍的なテーマなので、どうしても物語に含まれてきますし、読者に共感してもらうためにも必須の要素だと思います。
──悩みながらも前に進んでいくシニア女性たちの姿は、翔太と美果にも影響を与えていきます。世代を超えた交流の面白さ、大切さを読んでいてあらためて感じました。
今は若い人と高齢者が関わらない世の中ですよね。高齢者は高齢者で疎外されている者同士集まっているし、若者は若者で高齢者を「老害だ」といって攻撃する。でもしゃべってみれば、案外お互いを理解できるものなんです。人間ですから、相手が困っていたら思いやることだってできる。その機会がそもそも失われている社会は、とても残念だなと思いまして、60代と20代がお互いに相手のいいところを認めるという流れにしました。翔太君と美果ちゃんには、後半ずいぶん働いてもらうことになりましたね。
終活なんて冗談じゃない、という小説です
──シェアハウスのバルコニーから黄昏どきの空を眺める翔太が、「陽が落ちれば夜が来る。でも夜は夜で、決して悪いもんじゃない」と考える場面が印象的でした。
おばさまたちはこの先老いていく一方なんですよね。病気もするでしょうし、シェアハウス暮らしだっていつまで続けられるか分からない。そういう現実を前にして、無責任に「これからも幸せな生活が続きます」なんて言えません。あくまで明るい笑いを交えながらですが、人生は決して楽なもんじゃないよ、ということを匂わせておこうと思いました。翔太君が黄昏どきを過ぎた夜空を見つめるこのラストシーンは、当初からずっと頭にありましたね。
──作中に「同世代同士の方が、分かり合えることもあるしね」というセリフがありますが、本作も歌子さんたちと同世代の人に向けて書かれたものなのでしょうか。
もちろん同世代の方々には読んでもらいたいです。でも高齢者だけで「そうそう、分かる分かる」とうなずき合ってもしょうがない。60代にも20代にもそれぞれの悩みや苦しみ、大切にしている価値観があって、それが絡み合うことで新しい世界が開けてくるという小説ですから、ぜひ若い方にも手に取ってほしいですね。翔太君くらいの人も、歌子さんの息子くらいの中年世代も、みんなどこか共感できる部分があると思います。
──おっしゃるとおり、幅広い読者層にアピールする小説だと感じました。では最後に、『終活シェアハウス』というタイトルに込めた思いをうかがえますか。
「終活なんて冗談じゃないわよ」という小説です(笑)。勝手に人生を片づけられたらたまらない。生命保険のコマーシャルを見ていると、「亡くなった後のお葬式代に」とか失礼なことばかり言いますが、こっちはまだ先が長いんですから。死んだ後のために生きてもしょうがない。体にはあちこちがたがきていますし、悩み事だって多いですけど、がんばっていきましょうよ、というメッセージが込められています。シニア世代を少しでも元気づけられたら嬉しいですね。
『終活シェアハウス』
御木本あかり=著
小学館
御木本あかり(みきもと・あかり)
1953年千葉県出身。お茶の水女子大学理学部卒業後、NHK入局。夫の海外勤務で退職し、その後通算23年、外交官の妻として世界9カ国で生活。本名の神谷ちづ子名義でエッセイ『オバ道』『女性の見識』などの著書がある。2022年『やっかいな食卓』で小説家デビュー。本作が第二作。