【著者インタビュー】御木本あかり『やっかいな食卓』/魅力的な料理の数々が、登場人物の関係性や成長を物語る家族小説
成城の駅近に住む、問題が山積の一家を繋ぎとめるのは、日々の食事だった――NHKを退局後、外交官の妻として世界各国を渡り歩き、料理の腕を磨いた著者が、その経験を活かし69歳にして上梓した現代的家族小説。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
思わず涎が出そうな魅力的な料理の数々……69歳だから描けた深味と旨味 現代的家族小説の快作!
やっかいな食卓
小学館
1650円
装丁/金子英夫(テンテツキ) 装画/鎌田郁世
御木本あかり
●みきもと・あかり 1953年千葉県生まれ。お茶の水女子大学理学部卒業後、NHK入局。退職後は外交官の妻として在外生活は通算23年。その間、ローマに単身残り、大学に編入した経験を本名・神谷ちづ子名義のエッセイに発表。帰国後も『オバ道』『女性の見識』を上梓する傍ら小説教室に通い、第2回日本おいしい小説大賞応募作を改稿した本作でデビュー。「私もトマトとバルサミコとオリーブオイルだけは贅沢します。前世がイタリア人なので(笑)」。148.5㌢、B型。
わかり合えたかと思うと翌日また逆戻り 厄介だけど面白くて簡単じゃないのが家族
ご本人は一見して明るくお茶目でパワフルな方だが、69歳は紛れもない高齢者だ。
「そう。私も帯を見て気づいたんです。69歳で新人は売りになるんだって(笑)」
このほど初小説『やっかいな食卓』でデビューした御木本あかり氏。NHKを退局後、外交官の妻として欧州や南米など計9か国で暮らし、料理の腕を磨いた経験が、この食を巡る家族小説にも生かされたという。
物語は著者同様、豊富な海外赴任経験をもつ元外交官夫人〈高畠凛子〉72歳と、次男の嫁でフードスタイリストの〈緑川ユキ〉38歳の視点で交互に進み、亡夫の遺言に端を発した同居問題に、画家で生涯独身だった長男〈駆〉の遺児発覚と、成城の駅近に建つ高畠家は常に問題山積。そんな揺れに揺れる一家を繋ぎとめるのも、日々の食事だった。
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「私、自分で言っちゃうのもなんですが、料理だけは得意なんですよ。あれは息子が2歳だから29歳の時か。夫が今でいうミャンマーに転勤になって、その後、世界各国を渡り歩くうち、いろんなお料理を食べたり作ったりしてきましたから。
これを言うと笑われるんですけど、ポンペイの遺跡を訪れた時、『ここ、知っている』と既視感があって。そうか、前世はイタリア人だったのかって。それでローマに残って大学に入り、本も出したんですけど、売れなかった。その後、私なりにジタバタし、最後の挑戦と小説教室に通い始め、数年がかりで形になったのが本書です。あと10年、いや、20年は書く予定です(笑)」
本作には凛子やユキの他、イタリア南部バーリ出身の夫〈ジョルジオ〉と中野でレストランを営む凛子の娘〈涼〉。駆と山梨在住の画家〈鬼塚杏子〉の間に生まれ、駆を交通事故、杏子を癌で失った小6の娘〈叶〉など様々な年代の女性が登場。
「私は年齢こそ凛子に近いですが、例えば毎日仕事や家事で手一杯なユキが40手前で焦る思いは、かつての私なんです。同時に孫と食事をして何が悪いという凛子の本音も、7年前から息子夫婦と同居している自分の愚痴に近い形で書けますし。嫁も姑も娘も母も、この歳になると全部、私の中にいるんです」
20年前に夫を病で失い、次男〈建〉や涼の結婚後、同居する長男まで亡くした凛子は、今では自宅や自治会で料理や花を教え、塞ぎこむ暇もないほど忙しい。
そんなある日、〈家とママを守って欲しい〉と父親に託されたという建が同居を切り出し、当初は反対していたユキや凛子も経済面などから渋々了承。キッチンやリビングも別にし、干渉しない条件で同居を始めた。
ユキは仕事で凝った料理は作っても、家ではつい手を抜きがち。夫の建は不登校気味な9歳の長男〈旬〉のためにも祖母がいた方が安心だと言うが、ある時、惣菜類を買い込み、大急ぎで帰宅すると、旬は既に何やら食べた様子。勉強机の上に微かなパン粉のカスを発見し、お手製の唐揚げや肉じゃがコロッケを味見と称して食べさせていた姑に抗議し、引導を渡すのだ。
「これは職業柄、お洒落で今流行りの料理を追求しながら、家ではそうも言っていられない人と、フツウの家庭料理を大事にする人を対照的に描きたくて、そもそも着想した話なんです。
ユキは料理を綺麗に見せるのが仕事でも、普段の生活はもっと合理的。対して夫や駆を早くに亡くした凛子は、日々の食生活がいかに大事かを痛感し、そのことで自分を責めてもいる。私も海外時代は会食等々で留守が多く、息子の食事はいつもカレーでした。それを可哀想だとは今だから反省できるだけで、渦中にいる時は思えないんですよ。特に今の30、40代の女性は大変だろうし、効率優先になるのもわかる。でもそこから様々な経験を積んで、何事にも頑ななユキも、心の鎧を脱いで自然体になっていく。今の私だからこそ、そこが書ける。年齢を重ねてこそわかることって、やっぱり沢山ありますから」
言いたいことは小説に込めます
駆の遺児・叶の出現や、彼女の境遇には同情しつつ、そのいい子ぶりが癪に障るユキの苛立ち。また熱海に1人で暮らす実母の老いや、世界的巨匠〈辻堂監督〉の新作映画の料理監修の座をかけて凛子も全面協力したメニュー開発など、関係をこじらせたり和解したりしながら、ここぞという時は助け合えるのが家族らしい。
「わかり合えたかと思うと翌日はまた逆戻りしたり、家族って簡単じゃないもの。明るい話にはしたいけど、100%のハッピーエンドなんてないのが人生ですし、私は厄介で面白い家族小説を書きたかったので。
小説を始める前は『作り話なんて、私には無理』と思っていましたが、書いてみると面白いんです、小説って。エッセイでは角が立つ話も誰かの台詞に紛れ込ませてやんわり伝えられる。小説の世界の方が、よっぽど本当のことが言える。
今のジジババは孫の面倒もよく見るし、気も遣う。穏やかに暮らすには年寄りが遠慮するのが一番、まさに〈
凛子が唯一贅沢して取り寄せる〈釜揚げシラス〉の朝食や、夫の元赴任仲間に〈男の料理教室〉と称して振る舞う〈トマトのガトー〉。バーリの郷土料理〈オレキエッティ〉に、ユキを心身共に癒した〈ガスパチョ〉まで、とにかく品数豊富。しかもその1皿1皿が登場人物の関係性や成長を時に物語り、料理というものがいかに雄弁かに改めて気づかされる、美味しい読書だ。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2022年11.11号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/11/29)