西川美和さん 第2回 インタビュー連載「私の本」vol.13

西川美和さん

今作の映画を撮る過程を、1月刊行のエッセイ集『スクリーンが待っている』でも赤裸々に語っている西川美和監督。映画のみならず、脚本とそのノベライズも手掛けてきた創作秘話とは。


すばらしい原作小説を脚本にする労苦

 すばらしい小説や漫画を、金銭的にも時間的にも制約のある2時間の映画のなかに落とし込む大変さは常々想像していましたし、わかっていたつもりでした。でも案の定といいますか、小説『身分帳』をもとに書いた最初の脚本は、素人が書いたも同然の膨大なページ数になってしまったんです。

 これをすべて撮ったらいったい何時間の作品になって、どれほどお金がかかるのかと、自分でも途方に暮れるような第1稿でした。プロデューサーからも、「あれ? 今回はどうしたんですか」言われるほど、ブサイクな脚本でした。

 つまりは、それほど小説に魅力的なエピソードがたくさんあったということです。結果的には切らざるを得なかったけれど、主人公が近所の犬の鳴き声に悩まされた末に毒団子を食わせるぞと脅迫電話をしたり、女性とお見合いしたりする場面も大好きで、切るのは断腸の思いでした。

 佐木さんの文体にもアイデアにもほれ込んでいたので、「なぜこの面白さがみんなわからないんだ」と意固地になりやすく、脚本はそこからのダイエットに苦労しました。

 シーンを付箋にすべて書き出してノートに貼り、どのシーンが外せるんだろうと試行錯誤しつつ、改稿のたびに泣く泣く省いていきましたけど、自分の考えついたオリジナルの脚本を切る時の方が、よほど思い切りがいいですね。

 結局、第7稿までトータルで1年半くらいかけて脚本が完成したのです。

小説と脚本はまったく異なるもの

 映画の世界に身を置いた二十数年のあいだに私が撮った劇場公開映画は今回の作品も入れると長編6本、短編2本です。脚本を書いて撮影した後からノベライズしたこともありますし、映画の中身からこぼれた話で短編小説集を書いたこともあり、前作の『永い言い訳』では、まず小説を書いてから脚本にするプロセスを体験してみました。

 いつもひとりひとりのキャラクターのバックグラウンドをある程度作ってから脚本を書くので、準備する材料としては一緒なのですが、どうせならノートのメモに終わらせるんじゃなくて、そこも一度ちゃんと残る形にしてみようと。

西川美和さん

 脚本と小説はもちろん違うものです。脚本は作り手のための設計図ですから、「表現」ではない。でも私個人としては、脚本こそが本当は文学的な力量が問われるようにも感じます。

 脚本はあらゆる俳優、スタッフが読み、その全員が同じ風景、同じ時間感覚を共有できるものを目指さなければなりません。ト書きには短文のセンスが必要です。台詞は1秒でも短くしたいけど、言葉数を減らしても同じだけの情報量や感情を伝えなくてはいけない。語尾や「てにをは」を変えれば、人格も変わって見える。どうするか、その連続です。

 そういう意味では私は小説を10ページ書くよりも、脚本の1ページのほうが一言一言に悩んでいますね。だから時間がかかるし、何度も書き直すんですね。

 一方の小説というのは物を読むのが好きな人が能動的に手に取ってくれるものだと読者を全面的に信頼して(笑)、こちらもかなり自由に遊んだり、場面や時間もあちこち飛んだりと、好きなように書きますよ。

 でもそれは、私がプロの小説家ではないからだと思います。途切れずに書かねばならない重圧もないから、そんなに悠長なことを言っていられるんですよ。

多作になりたいとは思わない

 脚本を書くとき、どうやって物語を紡ぎ出すかと聞かれても、じつは自分でもわからないんです。毎回、「どうするんだっけ」と茫然自失するところから始まります。本当に、どうやって書いてるんでしょうね。自分のなかで体系化できてないから、少ない本数しか映画が撮れないんだと思います。

 でも映画づくりは本当に大変なので、多作になりたいとはまったく考えていません。4年に1回くらいでたくさんです(笑)。なかには1年に何本も撮っていらっしゃる監督もいますけれど、同じ生き物とは思えない。よくそんなことできるなという感じがして、全然うらやましくないです(笑)。今後も同じくらいのペースで映画と関わり続けていければそれで本望です。

(次回へつづきます)
(取材・構成/鳥海美奈子 撮影/五十嵐美弥)

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年広島県生まれ。2002年『蛇イチゴ』で脚本・監督デビュー。以降、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)と続く五作の長編映画は、いずれも本人による原案からのオリジナル作品である。著書として、小説に『ゆれる』『きのうの神様』『その日東京駅五時二十五分発』『永い言い訳』、エッセイに『映画にまつわるXについて 』『 遠きにありて 』などがある。2021年、佐木隆三の小説『身分帳』を原案とした映画『すばらしき世界』を公開。


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