森本萌乃さん インタビュー連載「私の本」vol.18 第2回
本を通じて、人と人との出会いを提供するオンラインサービス「Chapters」が注目を集めています。その運営者・森本萌乃さんの「本と私」第2弾。今回は、幼い頃から大学時代まで、本とどのように関わってきたかを語っていただきました。「難しい本、美しい日本語の本を読めたことが、大人への入り口になった」――。
高校生の課題図書3年間で100冊
私の両親は建築関係の仕事で、家にはデザイン系の本がたくさんありました。近くでいつも楽しそうに本を読んでいる両親と姉の姿が、幼い頃の自分の心に刻まれています。
そんな私にとって本の原初体験は、小学校2年生くらいのときのゴールデンウィークです。「好きな本をなんでも買ってあげる」と両親に言われて、その選んだ本を持って公園に行くのが、毎年ゴールデンウィークの我が家の日課でした。
それ以来、ゴールデンウィーク前になると、「何を買ってもらおうか」と考えていましたね。
そのとき読んでいたのは絵本『こまったさん』や児童書でした。でも中学生になって反抗期が始まってからは、自然と本から離れてしまったのです。
再び本と出会ったのは、中央大学附属高校に進学してからです。校則が126文字しかないことで有名で、自由を重んじる方針でした。
中大附属高校では、伝統的に現国の先生が「課題図書を3年間で100冊読む」というカリキュラムを取り入れていて。毎月本を5冊紹介されるので、それを読むのです。
通学に1時間以上かかったので、当時はガラケーで時々メールを見るくらいでやることがないし、とりあえずバックに文庫本が入っているから、暇で暇で仕方なくて本を読むという感じでした。
でもそんな毎日を過ごしていたら、卒業するころにはなんとなく本を好きになっていた。高校生活でなにをやっていたかと問われたら「結構本は読んだなあ」という印象です。いま振り返ると良かったのは、大人である先生が、高校生の私たちを子供扱いせずに本を選んでくれたこと。10代で多感な時期でしたが、難しい新書や純文学、激しい性描写の作品なんかもありました。
先生から毎週「これくらい読めるだろう」という挑戦状が届く感じで、それがすごく刺激になったのです。
読書を通して、父と友人を再発見
なかでも覚えているのは16歳のときに読んだ村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』です。私が読書していたら、父が「俺も好き。村上春樹はたくさん読んだよ」と。
父が好きな本、世界で認められている作家さんの本を私も面白いと思えているんだと、自分がすごく大人になった感じがしたのをよく覚えています。
あとは梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』ですね。100年前にトルコに留学した〝村田さん〟の逸話集という形を取ったフィクションです。学術的な文章なので難しいかなと思ったけれど、それがけっこう楽しめたんですよ。
当時、クラスに仲の良い友だちがいて、それまで一度も本の話をしたことがなかったのに、「あの本面白かったよね」とすごく盛り上がりました。
こんなに難しい本の世界を同じように旅して、その結果、面白いという感情までふたりとも辿り着けたというのがすごく嬉しくて。
読書を通して父のことも、友だちのこともより好きになれた。その経験が当時の私の精神に、すごく大きな喜びを与えてくれたんです。
カルチャーに目覚めたロンドン留学時代
とはいえ、高校生の自分は文化的な活動とは無縁なタイプでした。チアダンス部に入っていて、どうやったら可愛くなれるか、日本一になれるかしか考えていなかったから。
『花束みたいな恋をした』という映画があるじゃないですか。私、カルチャー好きは軒並み心をえぐられると言われるあの映画を観ていっさい共感できなかったんです。ああいう詩的な美しい時間を過ごしたことがなかったんです(笑)。
そんな私にカルチャー元年といえるときが訪れます。大学生の20歳のころに1年間、劇作家を目指してロンドン大学ゴールド・スミスカレッジに留学したのです。
とはいえ英語が全然わからなかったので、とりあえず劇場に通って。1番上のバルコニー席だと15ポンドくらいで安く観劇できます。
美術館にもよく行って、絵の説明を英語で読みながら勉強したり。なかでもテイトモダンには週1で通っていましたね。「ヤングブリティッシュアーティスト」と呼ばれる次世代の若いアーティストに特に興味を持ったり、当時ちょうどバンクシーが流行り始めたころでもありました。
村上春樹の言葉の美しさに感動
その留学中に、村上春樹の『1Q84』が発売されたので日本から送ってもらいました。当時は YouTube などで日本の番組は観ないと決めていたので、この本がロンドン時代の私にとって日本語に触れた唯一のエンタメでした。
厚い本の3冊セットだったので夜、眠る前の最後の時間を日本語で終えるというような感じで、3ヶ月ほどは過ごせました。
イギリスでの生活は、英語が完璧にはできないし、常にマイノリティのアジアンだったので、伝えたいことの70%くらいしか伝えられない。
そんな生活のなかで、日本語という言語を小説のなかでこんなに美しく私たちに伝えてくれることに心から感動して。それを母国語で読めるというのは本当に幸せなことだと、とても大切に読んだ記憶があります。
(次回へつづきます)
(取材・構成/鳥海美奈子 写真/五十嵐美弥)
森本萌乃(もりもと・もえの)
1990年東京生まれ、株式会社MISSION ROMANTIC代表/Chapters書店主。書店×マッチングの〝Chapters〟のプロトタイプとなるサービスを1年間1人でアナログ運用した後、2020年12月「本棚で手と手が重なるように出会えるオンライン書店」Chapters bookstoreβ版ローンチ、21年6月にグランドオープンし現在20〜30代の独身男女から支持を受け運営中。趣味は旅先での読書。