降田 天さん 『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』

大きな犯罪であっても、犯人の動機を探っていったら根本はすごくシンプルなんです。

 降田天さんは、プロット担当の萩野瑛さんと執筆担当の鮎川颯さんがコンビを組んだ、作家ユニットの名称です。大学時代に出会い、共作のスタイルでライトノベル作家としてデビュー。2014年に『このミステリーがすごい!』大賞を受け、一躍ミステリ界で知られる存在となりました。最新作『偽りの春』は、切れ者の警察官を主人公にした本格短編集。表題作は日本推理作家協会賞の短編部門を受賞するなど、各界から高い評価を受けています。数少ないコンビ作家の成長株として期待されている降田さんに、最新作について、また独自の創作スタイルなど、詳しくお話を聞きました。

降田 天さん 『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』

初めてつくったキャラクターの履歴書

きらら……『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』を、とても面白く読ませていただきました。当初から、短編集の形で構想されていたのですか?

萩野……はい。連作短編のシリーズを、編集者の方から、ご依頼いただきました。まず「落とし物」というテーマをもらい、それで警察ものにしてみようと。でも、なかなかうまくいきませんでした。最初の頃には100枚ぐらいの話を、全没にしたんです。

鮎川……100枚? もう少し長かったかも。

萩野……そうだったかな。いずれにしても私たちは警察について詳しくないので、最初は難航しました。そんななか、ふと交番だったら身近だし、書けるかもと思ったんです。 やがて普通の警察官ではなく、チャラいというか、風変わりな警察官・狩野雷太のキャラクターが出てきました。狩野みたいな飄々とした警察官の話だったら、いい意味で嘘がつきやすいのではないかと考えました。後づけというわけではありませんが、自然発生的に生まれた主人公です。

鮎川……そして、1作目の『鎖された赤』を書き上げました。

萩野……ある犯罪を解決するきっかけに、落とし物が関わっています。その点では初めにもらったテーマが、少し残っていたかもしれません。

きらら……狩野は神倉駅前交番のおまわりさんですが、神奈川県警捜査一課時代には「落としの狩野」と呼ばれたキレ者です。その設定にも落とし物というワードが、関係しているように感じます。

萩野……かもしれませんね。今回は狩野の人物像を決めるのに珍しく、きっちりとした履歴書をつくりました。会話の受け答えの例も、細かくまとめました。それがあるので鮎川とは、いつもより話し合っていないかも。プロットどおり、執筆を任せました。

鮎川……私はもらったプロットを、小説にまとめることに専念しています。履歴書にも意見はなくて、記述されているとおりに、狩野を書いていきました。

萩野……いや、履歴書どおりになってないよ。

鮎川……えっ!?

萩野……読み返すと、あんまり沿ってない。

鮎川……すみませんでした。

萩野……いやいや、いいの(笑)。それで悪いわけじゃないから。

情報のアップデートは心がけている

きらら……狩野のキャラクターは本当に秀逸です。普段はへらへらしていますが、自然な会話のなかで情報を引き出し、犯罪を突き止めます。クレバーな話術は、歴代の名作探偵小説の主人公たちを思い起こさせます。

萩野……私は『古畑任三郎』や『刑事コロンボ』シリーズが好きでした。古畑やコロンボみたいな探偵像が、無意識にフォーマットにあったのかもしれません。 イメージしたのは、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』でした。盗賊の視点で物語が進み、なぜ罪を犯したのか明かされつつ、最後には長谷川平蔵に捕まり、または倒されます。『鬼平犯科帳』の魅力的な物語を、現代版にできるかなと、私たちなりに試みました。 あと、チャラチャラしたノリの軽い感じのおじさんを書いたことがなかったので、今回やってみようかという気持ちもありました。

降田天さん


鮎川……そんな話は、お互いにしましたね。私はキャラづくりにあまり口出ししないので、「いいんじゃない?」という感じでした。

きらら……表題作『偽りの春』は特に、狩野の会話の誘導の技術が冴えています。

鮎川……プロットを最初にもらうときは、「話しているうちに何とかして犯人を落とす」みたいな感じで書かれているので、セリフの組み立ては苦労しました。

萩野……『偽りの春』は、ひどかったね。何とかならなくて、原稿でけっこう直しました。

鮎川……萩野は書きだしてから、これは困るって言うと、一緒に考えてくれます。

きらら……犯人女性の、ある言葉のリアクションで、素性が暴露され始めるくだりは素晴らしかったです。

萩野……あれは完全に、鮎川の創作です。私もうなりました。

きらら……探偵小説ファンの琴線に触れる仕掛けも多く、楽しめました。そして本編は、高齢女性の詐欺グループの実態が描かれています。的確に時宜をとらえた題材です。

萩野……SNSや、ネットニュースはこまめに見て、情報のアップデートを心がけています。『偽りの春』の元ネタは、何だったかな。

鮎川……一緒にバスに乗ってて、たまたま「STOP振り込め詐欺!」の掲示ポスターが目に入ったんだよね。

萩野……そうだっけ。私、なんて言った?

鮎川……「騙している方が老人だったら、面白くない?」って、言いだしたの。それが元ネタなんじゃないかと。

萩野……いや、ごめんなさい、覚えてないです。

鮎川……覚えてないんだ(笑)。

歴史的彫刻家の不倫エピソードが下敷き

きらら……詐欺グループの主犯格の女性は、人恋しい一面も持っています。悲しい過去からくる、寂しがりやの素顔に胸をうたれます。

萩野……以前、仕事の関係で裁判の傍聴に通っていました。たくさんの被告の話を法廷で聞きましたが、罪を犯した動機は、みんなシンプルでした。親にお金を送りたかったとか、寂しくてたまらなかったとか……そんな理由で違法行為をしちゃったのかと。犯罪者は、複雑でわかりづらい、特殊な感情によって法を破るものだと思いがちですが、そうじゃない。私たちと共通する普通の感情で、動いています。大きな犯罪であっても、犯人の動機を探っていったら、根本はすごくシンプル。そう認識しています。

きらら……一方、後半に収録の『見知らぬ親友』と『サロメの遺言』は、美大の女子学生たちの複雑な愛憎の絡み合いが描かれています。天才肌の女子学生の一沙のほか、芸術家たちの業の深さに迫る佳作です。

萩野……『見知らぬ親友』と『サロメの遺言』の登場人物の相関関係は、フランスを代表する彫刻家のロダンと、教え子のカミーユの関係が下敷きになっています。 ふたりは恋愛関係にあり、ロダンはカミーユの才能に大いに惹かれていましたが、内妻とカミーユの間で揺れ続け、結局は内妻を選びます。そしてカミーユは、統合失調症をわずらい、孤独の中で生涯を終えます。 彼らの関係性から空想し、そこにファム・ファタールの要素を加えました。教え子の女性が、師匠の才能を食ってしまう構図はどうだろう? と。それが一沙のキャラクターの原型となり、『サロメの遺言』の殺人事件の真相につながっていきます。

鮎川……その辺りは、プロットで丁寧につくられていました。昔より小説づくりの思い入れが強くなっているというか、萩野の熱量が違うなと感じています。それに応じて、私の執筆にも熱がこもります。

萩野……人間を観察するのが好きですし、書くのも好きです。本当は、書くよりも他人の物語を読んでいる方が好きなのですが(笑)、拍子抜けするほどのシンプルさと、シンプルには割り切れない複雑さが混在する、人間のリアルな部分を小説に描いていきたいと思います。

ふたりで違うカメラを使うから面白くなる

きらら……プロットと執筆の役割分担は、これからも継続されるのでしょうか?

鮎川……そうですね。私は自分で話をつくっても、つまらないんです。

萩野……そんなことはないですけど。

鮎川……降田天では、萩野のつくる話のアウトプットに徹します。

萩野……私は逆に、長い文章が得意ではありません。お互い得意な方を活かせるので、ずっとユニットでやっていきます。

鮎川……実際には、完全分業にしているわけでもなく、たびたび意見交換しています。執筆中に「この人は、こういうことをしないんじゃない?」と聞いてみたり。

降田天さん


萩野……それはプロットに無理がある証拠なので、理屈の通る行動を新しく考えて追加します。 よくインタビューなどで話させてもらいますが、ユニットでも、別の感性の人間同士なので、面白がるポイントが違うんです。プロット段階では、私が胸を張って面白い! と思っている箇所が、鮎川にはそうじゃない、みたいなことが、結構あります。

鮎川……筋どおりに書いているつもりなのに、「ここは盛り上がって長くなるはずなのに、数行で終わってる」とか「どうでもいい箇所が、めっちゃ長い」と指摘されたり。そのたび書き直しを命じられます。

萩野……命じてなんかいないでしょ。

鮎川……ごめんなさい(笑)。

萩野……プロットどおりじゃなくても面白いっていう点もあるのに、言われた以上は書き直さないと嫌だ! とかって、直すんです。

鮎川……言われたんだから、気になるじゃないですか。こういうときに大概、もっと早く言ってよ! とか、ケンカになります。

萩野……なっちゃうね。お互い、使っているカメラが違うんですよ。見ているものが一緒ではないからこそ、物語に違和感があらわれて、それが読者を引きこむ要素になってくれていたらうれしいです。

鮎川……今回、ふたりで初めてオリジナルの短編集に挑みましたが、いい経験になりました。

萩野……次の新作は長編の予定です。その前に、私たちの工夫が詰まった『偽りの春』を、ぜひ楽しんでください。

 

降田 天(ふるた・てん)
鮎川颯と萩野瑛のふたりからなる作家ユニット。ライトノベル作家としてデビュー後、第13回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。受賞作『女王はかえらない』が、累計14万部を超えるベストセラーとなる。他の著書に『彼女はもどらない』『すみれ屋敷の罪人』ほか。短編『偽りの春』で第71回日本推理作家協会賞・短編部門を受賞する。

(構成/浅野智哉 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2019年6月号掲載〉