【平成生まれの直木賞作家】朝井リョウの魅力に触れられる小説5選

2013年に、直木賞史上初の平成生まれの受賞者となったと同時に、直木賞最年少男性受賞者として注目を浴びた朝井リョウ。出版された多くの作品が実写やコミカライズされ、2020年に『発注いただきました!』を発売し、さらなる飛躍が期待されています。今回は、会社員として働きながら作家業を兼業する朝井リョウの魅力を味わえる5作品を紹介します。

 

たった1人の生徒の退部が学校中に波紋を引き起こす『桐島、部活やめるってよ』


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【あらすじ】バレー部のキャプテンとして活躍していた桐島が、いきなり部活をやめた。理由を伝えられた生徒はいなかった。桐島が部活をやめたことによって、少しずつ周りの環境が変わり始める。5人の生徒の視点で描かれた、桐島を巡る群像劇。

桐島が理由も言わずに部活をやめたことは、学校の生徒たちに波紋を呼びました。なぜやめたのか憶測が流れますが、一部の生徒たちは桐島が部内で上手くいっていないことに気付いていました。

顧問から桐島のことを告げられたとき、桐島はギリギリと軋むように削れていった体育館を思い切って捨ててしまったのだと俺は思った。誰も本当の理由に気づいていないふりをしているけれど、誰もが気づいている。

本作は、桐島の周りにいる高校生たちの視点で描かれています。今回はバレー部の部員として努力はしているけれど、毎回レギュラーに選ばれないことに慣れてしまっていた風介の視点で描かれた物語を紹介します。
桐島が退部したことによって、リベロとしてレギュラーメンバーに選ばれた風介。仲間がやめてしまったことを悲しむべきなのに、レギュラーになったことを喜んでしまう自分が嫌な奴になった気がして風介は心に蓋をします。

そして迎えた試合当日。想像ではもっと上手い試合運びができていたはずなのに、思うように体が動きません。

俺が試合に出るということは、桐島がいなくなるということなんだ。どうして今更、どんと、その事実が重さを持ったんだろう。

「試合の時に桐島は何をしていただろうか」と、ここにいない桐島のことばかり考えてしまいます。あの時は桐島より自分の方ができると信じていたはずなのに。

人間関係は硝子細工に似ている。見た目はとてもきれいで、美しい。太陽の光を反射して、いろいろな方向に輝きを飛ばす。だけれど指でつっついてしまえばすぐに壊れるし、光が当たればそこら中に歪んだ影が生まれる。

桐島は風介やバレー部にとってのだったのかもしれません。

外見や雰囲気、目立つ・目立たないといった理由からランク付けをされる人間関係。学校の中でも目立つ立場にいる桐島の行動によって、じわじわと環境が変わっていきます。「桐島が部活をやめた」というたった1つのきっかけで、自分の心の黒い部分や隠されていた部分に気付かされる生徒たち。

大学在学中に第22回小説すばる新人賞を受賞し、実写化もされた朝井リョウのデビュー作。高校を卒業して間もない時期だったからこそ描けるリアルな学校生活。桐島が1度も登場しないところも面白さの1つです。
実は、朝井リョウを語る上で欠かせない作品です。

 

人は何度だってきっと、生まれ変われる『もういちど生まれる』


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【あらすじ】読者モデルで人気者の姉・椿と双子の妹・梢。梢は先に産まれた姉に良いところを全て持っていかれたのだろうと、努力知らずでイージーモードな椿に劣等感を抱く日々。「自分が椿だったら」と思い詰める梢は、ある日とんでもない行動してしまい……。表題作をはじめ、若者のリアルに触れられる珠玉の連作短編集。

いつまで子どもでいていいんだろう。いつまで上手に思ったことを伝えられないままでもいいんだろう。たくさんのことができないまま、いつからあたしは大人になってしまうんだろう。

美しさを武器に周りにチヤホヤされてきた汐梨、読者モデルに恋をする翔多、美大に通う、双子の姉にコンプレックスを抱く、ダンスで有名になりたいハル5人の大学生が代わる代わる主人公となり、物語は展開します。
それぞれ境遇は違えど、「自分はこのままでいいのだろうか」と悶々とした気持ちを抱えています。

3話目『僕は魔法が使えない』の主人公で美大に通っている新は、絵を描く才能に溢れているナツ先輩にまるで魔法使いのようだと、憧れを抱いていました。
しかしある事件をきっかけに、新はナツの表面を見ていただけで、努力している様や葛藤している様を知らなかっただけだと気づきます。

なんで、俺はあの人のことを天才だと思ったんだろう。強いと思ったんだろう。魔法使いみたいだなんて思ったんだろう。
 魔法使いに見える魔法使いなんて、本当はこの世にいない。

誰もが自分と闘っていて、悩まない人間や何も考えていない人間なんていないのだということを、大学生の視点で描いていきます。
ありふれた日常の中の小さな綻びや変化、成長を丁寧に切り取った1冊です。

 

あの頃を思い出したいあなたに『少女は卒業しない』


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【あらすじ】通っていた高校がなくなると決まった昨年の夏。違う学校と合併することになり、あっという間に3月25日の卒業式を迎えました。卒業をきっかけに様々な思いをめぐらせる生徒たち。7人の少女が「さよなら」と向き合う姿を描いた作品。

連作短編集の1話目、『エンドロールが始まる日』の舞台は図書室です。

あしたは卒業式。服装検査やカラー、パーマ禁止から解放される日。寄せ書きをして、写真をたくさん撮る日。みんなにとってはそうかもしれない。
私にとってのあしたは、この本の返却日だ。結局最後まで読み切れそうにないけれど、それでも、絶対に返さなくちゃいけない。返却期限は、もう延ばせない。

ある金曜日、授業で使う資料を東棟の書庫まで取りに行かなくてはいけなくなってしまった作田。東棟の屋上には幽霊が出るという噂があるから、あまり近寄りたくない上に今日は雨。傘を取りに行くのも億劫で、やむを得ず雨の中を駆け出そうとした時、金曜日に図書室の貸し出しカウンターにいる先生が水色の傘を差し出して書庫まで一緒に行ってくれました。

作田はその日から、今まではほとんど視界に入っていなかった先生を意識し始めてしまいます。

先生の声を色に例えるなら、あの傘と同じように物静かで優しい水色。先生に名前を呼ばれるたびに、自分の名前が美しい響きを持っているような気がしました。密やかに思いを募らせる日々でしたが、先生の左手の薬指には指輪が光っていました。

そして迎える卒業式当日。昨夜は「借りていた本を返したい」と、先生と待ち合わせて学校に向かいます。密やかに育んでいた思いを伝えるために。

制服を脱いで大人になった私は、そんなとき、下くちびるを嚙む以外に涙をこらえる方法を知っているのだろうか。何でもない振りが、もっと上手にできるようになっているのだろうか。

学校の卒業式と同時に様々なものから卒業しようとする7人の少女たち。さよならを告げることの切なさがみずみずしく描かれています。卒業式へ向けたカウントダウンから別れまでの成長は青春そのものです。

 

自分とは何かを問いかける『何者』


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【あらすじ】陽気な友人・光太郎とルームシェアをしている拓人。就活を始めるために開催された幸太郎のバンドの解散ライブで、密かに想いを寄せる光太郎の元恋人・瑞月と再会。瑞月の紹介で自分たちの部屋の上階に住む理香と理香の恋人・隆良と知り合い、就活を頑張る者同士協力し合うことに。就活を通じて様々なふるいにかけられながら自分たちが「何者」なのか考える、第148回直木賞受賞作。

拓人は就活についての情報交換をし合うメンバーや、過去に演劇をしていた時に仲違いしてしまった昔の友人・ギンジのツイッターを常時チェックしています。ふとした時に周りの情報を得るため、手がSNSを開いてしまうのです。

自分の就活が思うように進まない中で、就活を始めたばかりにも関わらずすんなりと試験に合格していく光太郎。留学していたという肩書きばかりを推してマウントを取ろうとしてくる理香。「就活なんて格好悪い」とアーティストぶる隆良。そして自分だけに秘密を打ち明けてくれた瑞月。周りの発言や行動によって拓人の心のバランスは、グラグラと崩れそうになります。

筆記試験や面接のたびに一喜一憂し、誰かの合格判定を素直に喜べない。友人が内定判定を出した会社を批判したくなってしまう……。
SNSに依存してしまう心の弱さや、周りのことを認められない悔しさが生々しく描写されています。

ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。ほんとうに訴えたいことは、そんなところで発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない。だけど、そういうところで見せている顔というものは常に存在しているように感じるから、いつしか、現実の顔とのギャップが生まれていってしまう。

本当は演劇を続けることで何者かになりたかったけれど、夢を追うことは無駄だと諦めてしまった拓人。そんな自分とは対照的に月に1回自分の劇団で公演を続けるギンジ。
相棒であったはずなのに、いつしかギンジの劇団の批判が書いてある掲示板を見ることが当たり前になっていました。

「自分は自分にしかなれない。痛くてカッコ悪い今の自分を、理想の自分に近づけることしかできない。みんなそれをわかってるから、痛くてカッコ悪くたってがんばるんだよ」

就活を通じて自分が何者なのか何者になれるのかを模索していく若者たちの等身大の訴えが心に響きます。
現役就活生だけでなく社会に揉まれて思い悩む多くの人の心に、「何者かに変わるきっかけ」を与えるかもしれません。

 

ねえ、あなたの考えは本当に正しいの?『ままならないから私とあなた』


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【あらすじ】井村先輩の結婚式に出席した日、とても好みの外見の女性と出会った雄太。後日奇跡的に再会したけれど、どうも雰囲気や発言が違う気がする。声をかけてみたが、結婚式で聞いた名前とは違う名前が返ってきて……。

本作には自分と他人の違いをテーマにしている物語が2篇収録されています。今回は『レンタル世界』を紹介します。

大学の頃から会社勤めの今に至るまで、時間をともにしてきた野上先輩。野上先輩が結婚してからも遊んだりする気を遣わない仲で、雄太にとっては居心地が良い存在です。

「そろそろ購入したマンションに招いてくれ」と言うと、「本気の彼女を連れて来い」と条件を出されます。その時、雄太は彼女がいるにも関わらず、先週末井村先輩の結婚式で新婦側の友人席にいた倉持曜子と言う女性を思い出します。忘れられないほどに好みの女性だったのです。

ある日付き合ったばかりの彼女と体験型謎解きアトラクションに参加すると、倉持曜子と同じグループになります。いてもたってもいられなくなり声をかけるも、名前も出身ゼミも学部も全て違うと言われてしまいます。

彼女の本当の名前は高松芽衣で、「倉持曜子」は依頼されてなりきった架空の人物だと言うのです。そこで彼女が自身のレンタルサービスを行っていると知った雄太。家族、友人、恋人……。必要とされればあらゆるものになりきるというサービスです。

雄太は芽衣と本当に付き合いたいと考え、引き留める作戦を考えます。そして1度レンタル彼女として野上先輩の家に一緒に行ってほしいと依頼しますが……。

「まず、最も相手に知られたくないようなことをさらけ出す-これ、人と仲良くなるための俺のモットーね。なんか俺だけ何もさらけ出してないような気がしたから、言ってみた」

そう熱い思いを語る雄太と、

「まず、最も相手に知られたくないようなことをさらけ出す、だったっけ、あんたのモットーって。信じられないくらい傲慢だよね。俺が脱いだからお前も脱げよって、知りませんって感じ」

正反対の価値観をぶつけてくる芽衣。
ふとしたきっかけで自分と他人の違いが浮き彫りになっていく、リアルな感覚を味わえます。違う価値観を持つ者同士がどのように寄り添って生きていくのか。朝井リョウの描写力に読み手の価値観も揺り動かされるでしょう。

【おわりに】

現実と理想のギャップを抱える苦悩孤独との戦いなど、誰もが経験したことがあるような身近なテーマを取り上げた作品が多く見られます。学生時代に作家デビューしただけに、若者ならではの深層心理学生同士のヒエラルキーの描き方が生々しく、様々な思い出を振り返って胸が苦しくなる人もいるかもしれません。懐かしさと共感に溢れた言葉の連なりは中毒性が高く、1冊読み終えると他の小説もつい読みたくなってしまいます。

初出:P+D MAGAZINE(2020/09/02)

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