【倉阪鬼一郎など】そんなのアリ!? 「バカミス」の奇想天外トリッククイズ

バカミスと呼ばれるミステリ小説の中では、思わず「そんなバカな!」と声に出したくなるほど大胆なトリックや、よい意味でくだらなすぎる展開が見られることがあります。今回は、そんな魅力的な“バカミスのトリック”をクイズにしてみました。作品の意外すぎる謎を解いてみてください!

ミステリ小説の中には時折、「こんなに奇抜なトリック、どうしてバレずにやり通せたの?」と思わされるような、“おバカなトリック”が登場することがあります。今回は、古今東西のミステリ作品の中から思わず笑ってしまうようなトリックに焦点を当て、それらを推理クイズにしてみました。

解答に近づくための重要なヒントは、3段階に分けてお見せします。これらのヒントも参考にしつつ、各作品のユニークすぎるトリックをずばり当ててみてください!

(※本記事の中には、4作品のミステリ小説のネタバレが含まれます)

【第1問】消えた切手の行方

【問題】

ある男の自宅から、時価1000万円にもなる1枚の切手が盗まれた。現場に荒らされた形跡がなく、金庫の番号を知っていたことから、犯人は男の愛人の女性に間違いないと思われた。
愛人が長期旅行に出ているあいだに、警察は彼女の部屋を徹底的に調べたが、どうしても切手は出てこなかった。いったい、盗まれた切手はどこに隠されているのだろうか?

(蘇部健一『エースの誇り』より)

ヒント1:捜査の結果、居間や男の自室などには間違いなく切手は隠されていないようだ。もしかすると、脱衣所やバスルームといった意外な場所にあるのかもしれない。

ヒント2:男はかなり太っていて、体重は100kg近くあった。

ヒント3:脱衣所に置いてあった体重計は、針と動く文字盤を用いた旧式のものだったが、150kgまで計ることができる特別な仕様だった。しかし、なぜそこまでの重さを想定する必要があったのだろうか?

 

【答え】トリックの真相は?

犯人である愛人の女性は、150kgまで計れる新品の体重計を買い、あらかじめ男にプレゼントしていた。女性は男の脱衣所に立ち寄った際、体重計の文字盤の150kgのところに切手の入ったビニール袋を貼り付け、隠していたのだ。これならば、男が激太りしない限りは絶対に目に入らない。

【解説】

『エースの誇り』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00HV9UUTO/

体重計の目盛りのいちばん重い箇所に切手を貼り付けておく──。この、(馬鹿馬鹿しくありながらも)シンプルで明快なトリックは、蘇部健一の短編『エースの誇り』に登場します。作中で事件を見事に解決してしまった早乙女という男は、体重が偶然にも125kgあり、捜査中に遊びのつもりで体重計に乗ったことから切手を見つけたのでした。捜査の相棒である主人公の“私”は、

「救いようのないデブが体重計に乗らないかぎり、見つかる怖れはぜったいにないわけだ」「よくやったぞ、早乙女。これもみんな、おまえが無駄に太ってたおかげだ」

と早乙女を絶賛します。バカミスの真骨頂とも言うべき、のびのびとしたトリックと謎解きが楽しめる1篇です。


【第2問】ブローチはどこに紛れた?

【問題】

大富豪の桂男爵が主催する舞踏会の最中、男爵のひとり娘・麗子のドレスに飾られていたブルーサファイアのブローチが、忽然と消えてしまった。パーティーがおこなわれていた広間の出入り口はすぐさま封鎖され、その場にいた招待客の持ち物は警察によってすべて調べられたようだったが、どこからもブローチは出てこなかった。いったい、ブローチはどこに行ってしまったのだろう?

(蘇部健一『桂男爵の舞踏会』より)

ヒント1:誰かがブローチを盗み、こっそりとパーティー会場を抜け出した可能性はなさそうだ。犯人がいるとすれば、まだ広間から去っていないかもしれない。

ヒント2:桂男爵は悪趣味な人物だったようで、パーティー会場の広間の壁には、毒々しいひまわりの絵が上から下までいっぱいに描かれていた。桂男爵の会社名をかたどったレーザー光線の光がその上から映し出されていたが、ひまわりの絵が強烈すぎて、ほとんど見えていなかったようだ。

ヒント3:会場では社交ダンスがおこなわれていたが、中にはその輪に入らず、周囲からダンスの様子を見ているだけの人たちもいたようだ。

【答え】トリックの真相は?

この事件に犯人は存在しない。ブローチは麗子のドレスから偶然外れてしまい、それに気づいてブローチを拾った外国人の女性が、ずっとそれを手に持っていたのだ。女性は日本語がわからず、盗難騒ぎで現場が封鎖されても、何が起こっているか理解できていなかった。彼女は壁の柄と同じひまわりのワンピースを着ており、しかも金髪だったため、壁にまぎれて誰も彼女の存在に気づくことができなかったのだ。

【解説】

『桂男爵の舞踏会』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00HV9UUTO/

これぞバカミス、と膝を打ちたくなるようなトリックです。ずっと立っていた女性の存在に誰ひとり気づかないなんてありえない、と文句を言いたくなった方もいるかもしれませんが、本作の探偵役の古藤という男は、事件解決前に

「隠すところがどこにもない、そう、そこなんだよ。まさにその隠すところがどこにもない場所こそ、ものを隠すのにもっとも適した場所といえるのさ」

と、最大のヒントを読者に与えてくれます(ところが古藤は、はげ頭に見えていた桂男爵が実はカツラだったと断定し、地毛とはげ頭のカツラの間にブローチを隠したのだと誤った推理を披露してしまうのですが……)。だまし絵のような光景を利用した、くだらなくも納得感のあるトリックです。


【第3問】雪の日の密室殺人

【問題】

マンションの1号棟のとある部屋で、女の遺体が発見された。遺体の状況から女の死因が他殺であることは明確だったが、その部屋は5階にあり、唯一の入り口である玄関の鍵は内側から施錠されていた。またその日、窓の外は一面の雪景色で、雪の上には誰の足跡もついていなかった。いったい、この密室でどうやって殺人が執りおこなわれたのか?

(島田荘司『北の夕鶴2/3の殺人』より)

ヒント1:部屋の中で犯行がおこなわれた可能性はない。遺体は、どこかから移動されたようだ。しかし、遺体に目立った傷はついていない。

ヒント2:遺体発見現場のマンションの周囲には、同じマンションの2号棟、3号棟が建っている。

ヒント3:死亡推定時刻前後、現場のマンション付近に居合わせた学生たちが写真を撮った際、「上空に、甲冑を着た落ち武者の亡霊が佇んでいるのが見えた」という心霊写真騒ぎが起きている。さらに同じ頃、マンションの1号棟に何かがぶつかるような鈍い音が聞こえたという証言がある。

【答え】トリックの真相は?

犯人はあらかじめ、マンションの1号棟、2号棟、3号棟の各部屋にロープを張り、中間に位置する2号棟を支点とした超巨大ブランコを作っていた。犯人は3号棟の部屋で殺人をおこない、その遺体が傷つかないよう甲冑に押し込めた。そして、遺体を入れた甲冑を巨大ブランコを用いて1号棟まで空中移動させ、ロープを使って甲冑のみ回収したのだ。移動中の空の甲冑が写真に写ってしまったことと、甲冑がマンションの壁にぶつかり、音を立てたことがトリックを暴く鍵となった。

【解説】

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4334707688/

巨大なブランコを用い、遺体をマンション間で移動させてしまう──。このあまりにも大胆なトリックは、島田荘司による傑作長編ミステリ、『北の夕鶴2/3の殺人』内に登場する密室殺人事件で用いられています。

この事件の容疑者は、主人公・吉敷竹史の元妻、加納通子。警視庁捜査一課の刑事である吉敷は、元妻・通子が犯人でないことを証明するために、命がけで奮闘します。トリックの壮大さ・ありえなさも見どころですが、通子を守るために事件解決に挑む主人公の熱血さも味わい深い、名作ミステリです。


【第4問】妻の亡霊に殺された男

【問題】

ある館の男子トイレの前で、男が持病の発作を起こし絶命した。男の妻・良絵は過去に男を恨み、自殺を遂げたのだという。助け起こそうとした執事によると、男は死ぬ直前、「良絵の亡霊が、便所に!」と叫んでいたそうだ。“良絵の亡霊”の正体とは? 犯人はどのようにして、心臓発作を起こすほど男を驚かせたのだろうか?

(倉阪鬼一郎『五色沼黄緑館藍紫館多重殺人』より)

ヒント1:男は、死の直前に参加したパーティーでアルコールに混ぜた下剤を飲まされていた。便意が我慢できなかった男は、トイレに慌てて駆け込んだはずだ。

ヒント2:男子トイレには個室がふたつあり、男は手前の個室の前で絶命していた。おそらく、手前の個室で何かを目にし、恐怖のあまり発作を起こしたのだろう。

ヒント3:男の亡き妻・良絵は高名な詩人で、顔写真を入手することはたやすかった。犯人は顔写真を貼りつけた覆面を被り、男を驚かせたのだろうか? それとも……。

【答え】トリックの真相は?

“亡霊”の正体は、男子トイレの便器のフタの裏に拡大して貼りつけられた、良絵の顔写真だった。犯人である執事は男に下剤を飲ませたあと、手前の個室のフタの裏に写真を貼り、男が便意を我慢できなくなることを見越して奥の個室に潜んでいた。一刻も早く用を足そうと手前の個室に駆け込んできた男は洋式トイレのフタを上げ、予想外のところから亡き妻の顔が現れたせいで発作を起こし、脱糞しながら命を落としたのだ。顔写真は男が倒れたあと、執事の手によって素早く剥がされていた。

【解説】

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B01D06QN38/

亡き妻の顔が突然現れる場所として、もっとも恐ろしいのはどこか──という謎がこの事件の肝です。探偵役である小説家は、執事が良絵の写真を印刷した覆面を被って男を驚かせたのではないか、という説を「それでは驚くに値しない」と即座に否定します。男は、我慢していた便意をようやく開放できると思った矢先、もっとも予想できなかったところから妻の顔が現れたため、思わず「亡霊だ」と口走ったのです。

本作の作者である倉阪鬼一郎は、バカミスの大家とも呼ばれる小説家です。怪奇小説から本格推理小説までその作風は幅広いものの、大胆かつ予想のできないバカミスのトリックを書かせたら右に出る者はいない人物。本作の作中には、「普通の人はバカミスなんて読まないんだよ。喜んでるのは一部の変態だけだ。おのずと読者を選ぶから」というメタ的な視点の台詞も登場します。


おわりに

バカミスのトリッククイズ、みなさんは何問正解できましたか? 巨大ブランコを使った死体移動や、トイレの便器のフタを利用した殺人など、奇想天外としか言いようのないトリックに思わず笑みが溢れてしまった方も多いのではないでしょうか。倉阪鬼一郎の言葉を借りるなら、これらのトリックにえも言われぬ面白さを感じるのは“一部の変態”だけかもしれません。

今回ご紹介した作品のトリックが気に入った方は、蘇部健一や倉阪鬼一郎の他作品にもぜひ手を伸ばしてみてください。「そんなバカな!」と言いたくなるトリックや物語の展開で、また違った方向から楽しませてくれるはずです。

初出:P+D MAGAZINE(2022/06/14)

◎編集者コラム◎ 『ミライヲウム』水沢秋生
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