【夏フェスが花ざかり!】音楽業界で活躍するミュージシャンが贈る、本音爆発バンドストーリー

夏フェスが盛り上がっていますね。ライブで活躍するミュージシャンが、音楽以外にも活躍の場を広げています。ミュージシャンでなくては描けないような奥行きのあるリアルなストーリーに注目の、おすすめ小説を紹介します。

「夏といえば音楽フェス」という声をよく聞きます。音楽をただ聴くだけでなく、ライブ会場だからこそ味わえる楽しさや一体感を知って、やみつきになってしまう人も多いですよね。
楽曲やライブを通じて多くの人々に感動と喜びを与えるミュージシャンの中には、音楽だけでなく文学業界にも活躍の場を広げている人も。THE YELLOW MONKEY・吉井和哉ASIAN KUNG-FU GENERATION・後藤正文をはじめとした様々なミュージシャンがエッセイや小説を執筆しています
ミュージシャンが執筆した小説には、音楽業界で活躍しているからこそ描ける作品が揃っています。今回は、音楽業界が舞台となっている小説の中でも、ミュージシャンが描いたリアリティー溢れるバンドストーリーを4作品紹介します。
 

『ロッキン・ホース・バレリーナ』大槻ケンヂ(筋肉少女帯)

51a-rdCpuQL
https://www.amazon.co.jp/dp/4840111227/

【あらすじ】耕介、18歳。パンクバンド「野原」のギターヴォーカルとして、18歳の夏に人生初のツアーに向かう。女の子と遊んで、仲間とバカなことをやって、バンドで売れる。そんな夢と希望を抱いてライブハウスへと出発すると、ヒッチハイカー・七曲町子というゴスロリ娘に出会う。彼女の存在が「野原」のことを変え、奇跡をもたらしていく。忘れられない初ツアーを描いた、青春バンド小説。

筋肉少女帯のフロントマンとして活動する大槻ケンヂの青春小説2作目です。ギターヴォーカリストで女好きの耕介、酒浸りのベーシストのバン、空手2段で喧嘩っ早いドラマーのザジが、借金まみれのマネージャー・徳山と共にツアーに回ります。
パーキングで彼らはラフレシアのような異様な雰囲気を持つ物体に出くわし、おそるおそる近づいてみると、それはゴスロリ服を身にまとったピアスだらけの女の子でした。七曲町子と名乗る彼女は、人気ヴィジュアルバンド「ラ・ミルゼ・エベルナゼベ」のデュワー君と一夜を共にするためにヒッチハイクをしていると言うのです。そして半ば無理矢理「野原カー」に乗り込み、バンドの世話を焼き始めます。
トラブルに巻き込まれながら町子と喧嘩を繰り返す中で、野原や徳山の雰囲気が大きく変わっていきます。

「この世界の全てのことは、勝ち組と負け組とに人間を振り分けるための道具に過ぎなかったんだ。大好きだった音楽すら、その道具の一つだったんだと、時の経過したかつてのガキたちはいつか嫌というほど気付かされてしまったんだ。目的そのものであったはずのロックが、いつの間にか、目的のための手段になってしまっていた。そんなもん、できるかよ! 愛せるかよ! ただのメシの種じゃねぇかよ!」

夢を抱く若者ミュージシャンと夢を奪う業界人の間で揺れ動く徳山は、野原の「これから」をどうしていくか悩みに悩みます。かつて自分が経験したように、汚い大人たちの手で夢を潰されてしまっていいものかと。しかし徳山の悩みとは裏腹に、野原のメンバーは確実に成長していました。そして町子もまた、野原と出会ったことで自分自身のことを見つめ直し始めます。

「God Gave Rock’n’ Roll To You」のリフレインが鳴り響く。七曲町子はステージに向かう野原の背中を見つめながら、無意識のうちに心の中でその一説を和訳していた。そして、口をついて出た。
「神様が、アンタたちにロックンロールを与えてくれたんだ」

新宿LOFT下北沢CLUB251など、実在するライブハウスが出てくるのも面白さの1つです。町子と出会い、耕介は癒えない傷と向き合い、野原はバンドとしての在り方を考え、「本当の成長」と出会います。「バンドの青春、ここにあり」とも言える爽やかな1冊です。
 

『八王子のレッド・ツェッペリン』木根尚登(TM NETWORK)

41MXQ7S7SSL
https://www.amazon.co.jp/dp/4048729357/

【あらすじ】高校2年でバンドを組んだ三木。高校最後のコンサートを行った時には1,000人以上を動員したものの、就職や進学でヴォーカルとドラムが脱退。残されたメンバーでプロを目指すも、前途多難な日々が続く。東京の西部にある八王子を舞台に贈る、1970年代のアマチュアバンドの物語。

TM NETWORK木根尚登が執筆した本作は、10代のバンドの青春が描かれている作品です。
主人公・三木の実家は工務店で、就職も進学もせず2階の作業場で生活しています。作業場にはミュージシャンからヤクザまで多くの人が入れ代わり立ち代わり現れ、学校の放課後を思わせます。様々な事情でメンバーチェンジを繰り返してきた三木ですが、作業場で出会った仲間からの紹介もあり、ようやく共にバンド活動をする正式なメンバーが揃いました。
三木たちは「スーパーオレンジサンシャイン」略して「SOS」というバンド名を掲げてコンテストに応募しますが、活動はそうスムーズには進みません。キーボードの三木の作曲センスと、ギターの加奈崎の超絶テクニックをどのように活かしていくか苦悩します。犬猿の仲の加奈崎とマネージャーの矢野は何かとぶつかり合い、自信を持って送った音源はコンテストで落選してしまいます。

常々思っている。バンド活動とは相手を受け入れることが大切だ、と。

バンドが才能や実力だけで測られるならまだしも、それが運なのだとしたら、僕らがプロになれる保証は雲をつかむようなものだ。努力や練習にどれだけの意味があるのだろうか。

プロへの道は遠く険しいと思い知らされながらも、必死にあがいていくミュージシャンたちの熱量が伝わってきます。そんな中で、ある1つの事件が三木たちのバンドを大きく変えることに……。

木根尚登はあとがきで「70年代は宙ぶらりんな時代だった」と語っていますが、その時代に挫折や回り道を経験し、プロとして上り詰めたからこそ言葉にできる思いが詰め込まれています。最後の章でタイトルの意味がわかり、切ない気持ちを感じる人も多いでしょう。
夢は叶うだけではなく砕かれてしまうことがあること、苦しんだからこそ進める道があることを示しているように感じられます。1970年代の懐かしい空気の中で、1つのバンドが新しい道へと進んでいく物語です。
 

『ルールズ』新藤晴一(ポルノグラフィティ)

71kWstQVyjL
https://www.amazon.co.jp/dp/4838729251/

【あらすじ】物語は主人公でベーシストの健太と天才ギタリストのハオランが出会うところから始まる。東京でメジャーデビューを目指してがむしゃらに活動するオーバジンズは、丁度ギタリストが脱退したところだった。運命の出会いを機にハオランをメンバーに引き入れて精力的に活動し始めるものの、ハオランには特殊な事情があり……。

ポルノグラフィティTHE野党のギタリストである新藤晴一がバンドをモチーフにして書いたのが本作です。「ロックのルールは自由であること」が文章から伝わってきます。
ある日、健太が渋谷の楽器店に行くと、とんでもない爆音ギターが聴こえてきました。CD音源のように完璧にエディ・ヴァン・ヘイレンの曲を弾く少年。世の中には若くしてすごいギタリストもいるなと感心しながらスタジオに向かう健太。スタジオに到着し、練習を始めようにもメンバー間での音楽性の違いによって良い練習ができません。そして自主企画ライブ前だというのにギタリストがいきなり脱退してしまいます。途方に暮れていたところ、先ほどの少年が偶然目の前に現れたので、健太は声をかけますが、言葉が通じていない様子でした。半ば無理矢理スタジオに連れてきて一緒に演奏をして、ついに少年はオーバジンズの正式メンバーとして加入することになります。

天才ギター少年・ハオランは中国人で、村人全員がミュージシャンという世にも珍しい「(きん)(ざん)(そん)」の出身でした。その村にはミュージシャンとして出稼ぎに行った人が仕送りをすれば家族が普通の生活を送ることができるが、仕送りをしないとその家族は学校に行けないなどのペナルティーが発生する特殊な掟がありました。「バンドで売れたら稼げる」と説得し、ハオランをメンバーとして引き入れた手前、オーバジンズは今まで以上に積極的に活動していきます。そして、スタジオ店員であるマリリンにも支えられ、レコード会社の人にライブを見に来てもらう機会を与えられ、良い方向に向かっているかのように思えました。

バンドっていうのは車みたいなもんで、4つのタイヤのどれかが欠ければ、まともに走れやしない。デビューに向けて熱くなっていた俺たちの思いは、アクセル踏みっぱなしのエンジンと同じで、簡単に緩めることはできない。

「ロックのルールよ。正気の頭で考えないこと。わかった?」

着実に進化していくオーバジンズですが、ある日突然ハオランがいなくなってしまいます。気づけばハオランはバンドに欠かせない存在になっていました。健太たちはハオランを見つけるために「(きん)(ざん)(そん)」のことを調べていきますが……。

本作はミュージシャンならではの鋭い表現力が光り、歌詞のように紡がれた多彩な比喩表現を楽しめます。加速していく物語に驚かされ、リアリティー溢れるライブシーンに心が躍ってしまうはず。

人間関係のもつれなんて言葉、ロックと遠いとこにある気がしてたけど、周りのバンドが解散していくのは、世に言う“音楽の方向性の違い”なんかじゃなくて、ほとんどはこれ。

「だいたい解散するバンドの理由って、身の丈に合ってない上昇志向で、それこそ夢に破れたみたいなことじゃん?俺たちのほうがよっぽどバンドを愛してると思うよ。」

「確かにそうかもしれない」と相槌を打ってしまいそうになる現実的な言葉が多く綴られています。確実に売れるとは言い切れないハイリスクハイリターンな世界とわかっていてもどうしても音楽をやめられないオーバジンズの、一世一代の大勝負を最後まで見届けてください。
 

『祐介』尾崎世界観(クリープハイプ)

51rWislIYYL
https://www.amazon.co.jp/dp/4163904786/

【あらすじ】スーパーでアルバイトをしながら、集客も増えないままバンド活動を続ける日々。恋愛もうまくいかず、自分との折り合いもつかない。孤独や絶望に打ち勝つこともできないまま、バンドメンバー同士の歯車もずれていく。この生活に出口はあるのか?クリープハイプの尾崎世界観が、本名である「祐介」とタイトルとした、半自伝的小説誕生。

クリープハイプ尾崎世界観は、半自伝的小説と言われる本作で小説家としてのデビューを果たしました。

「お前、まさか本気でやってないよな?」と言ったいつかの父親の顔を思い出して憂鬱な気持ちになる。
今となっては、自分でも本気なのかどうかわからない。気がついたときにはもうあともどり出来ないところまで来ていた。

確かに本気でそう思っていた。本気でプロを目指していた。それでも、長時間蛍光灯の不健康な光に照らされて茶色くなっていく紙のように、すこしずつ自分の気持ちの変化に気がついていった。いつの間にか、客の居ないガラガラのライブハウスが音楽そのものになっていた。真っ暗なフロアで、客の代わりに現実がうごめいていた。

ライブハウスにノルマ(※註:決められた枚数のチケットを売り、売れなかった分の差額をバンドが支払うというシステム)を払うことによって、公共料金を払えなくなり貧困生活と向き合うことになる主人公・祐介。好きな女性はバンド好きなピンサロ嬢で、自分以外にも他の男がいることがわかっています。冷たくなっていく心を癒やすこともできず、アルバイトのタイムカードを切ることだけが唯一達成感を得られる瞬間という虚しい日々。それでも一発逆転を目指しバンドメンバーとスタジオに入るも、納得のいく結果が出せず身勝手な行動をしてしまい……。
何もかもがうまくいかない中で、どうでもいいファンの女性と寝てしまうなど、自分の価値をより一層下げる行為を繰り返してしまう自分を殴りたくても殴れない。恥ずかしくて胸を締め付ける葛藤が赤裸々に描かれています。

曲を作って練習してライブをする。時間をかけて金をかけて、ありとあらゆる音を出してみた。それでもわからないことは誰かに聞いた。どうしたらいいのか。どうしたら良くなるのか、教えてくれない人ばかりだったけれど、教えてくれる人もいた。でも結局答えはわからなかった。

苦しくてもなぜかやめられない「バンド」という魔物に取りつかれ、生活を浪費するようにアルバイトや適当なセックスを繰り返す。売れないミュージシャンの苦悩が描かれた本作は、生々しくて説得力がある言葉が波のように押し寄せてきます。独特な切り口の表現がグサリと突き刺さる人もいるでしょう。祐介は苦しみの果てに出口を見つけられるのでしょうか。
バンドに興味がある方もない方も、主人公・祐介の卑屈で切ない独白を読み、自分の心を見つめ直す機会を設けてみてはいかがでしょうか。

おわりに

「音楽に国境はない」とよく言われるように、素晴らしい音楽は国境や年代を超えて幅広い人に愛されています。音楽業界で活躍する4人のミュージシャンが「バンドとは一体何ぞや」という疑問や衝動をぎゅっと凝縮した4冊です。
多くの人の前で演奏を魅せる華やかさの裏側で、曲を生み出す苦しみやメンバーとの確執に悩んでいるリアル。今もなお第一線で活躍しているミュージシャンが書いた小説だからこそ、「プライベートではこんな出来事もあるのか」、「こんなことでミュージシャンは苦しんでいるのか」というような新しい発見もあるでしょう。そして小説には細部にまでリアリティーが宿っており、著者たちの経験もひっそりと隠されているのではないでしょうか。
ミュージシャンが執筆した小説を読んでから音楽を聴くと、今までとは違って聴こえるかもしれません。ミュージシャンだからこそ描ける詩的な描写や繊細な表現に心を動かされる人も多いはず。フェスに行く前やバンドを始めたいと思った時には、ぜひ作品を手に取ってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2019/08/05)

思い出の味 ◈ 佐々木裕一
『上流階級 富久丸百貨店外商部』文庫化記念スペシャル対談 高殿 円×宇垣美里