末井昭『結婚』が描く、「一番身近な他人」との関係

男と女の、「結婚」をめぐる生き方。それをありのままに、自身の体験をもとに語った一冊。その創作の背景を、著者にインタビューします。

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独身・既婚問わず必読!「一番身近な他人」との関係をありのままに描いた話題作

『結婚』

結婚_書影

平凡社 1400円+税
装丁/芥 陽子

末井昭
著者_末井昭01
●すえい・あきら
1948年岡山生まれ。県立備前高校機械科卒業後、工員、キャバレーの看板書き、イラストレーター等を経て、白夜書房の前身・セルフ出版設立に参加。『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』等、数々の伝説的雑誌を手がけ、12年、取締役編集局長を辞し退社。14年『自殺』で第30回講談社エッセイ賞。著書に『素敵なダイナマイトスキャンダル』(映画化決定)『絶対毎日スエイ日記』『末井昭のダイナマイト人生相談』等。179㌢、75㌔、O型。

人を愛するのは自分のため、1人では幸せになれないという大発見もできる

きっかけは女装専門誌で女装姿を撮られたこと。末井昭氏はそうこうして写真家・神藏美子かみくらよしこ氏と恋に落ち、98年に再婚した。当時、彼女は評論家・坪内祐三氏と婚姻関係にあり、波乱の末の『結婚』だった。
前作『自殺』(講談社エッセイ賞)では隣家の青年とダイナマイト心中を図った母親の死を。続く本書でも自身の離婚や再婚を美化も正当化もせずに綴った氏は、依頼を受けた当初、〈読んだら絶対結婚したくなくなる本〉なら書きたいと思ったという。〈安易に結婚しても、うまくいってない夫婦が多いように思ったからです〉
しかし「神が合わせ給いしもの」として互いの中に自分を見る唯一無二の関係を築こうとする2人の姿は、著者の意図に反しこんな結婚のあり方もいいなと思わせる。〈楽しいけどしんどい、ツラいけどおもしろい〉結婚という人間関係の本質に迫る。

まずは最初の結婚から。工員の傍らデザイン学校に通い、キャバレーの看板を手がけるようになった彼は、同じ下宿の1つ年上の女性と21歳で結婚。だが関係はいつしか冷め、白夜書房の名物編集長となってからも3人の愛人の間を渡り歩き、ギャンブルや不動産投機等で3億もの借金を抱えた。
そんな中で出会ったのが「イエスの方舟」の主宰者、故・千石剛賢氏だった。
「千石さんの著書『父とは誰か、母とは誰か』を読んでまさに目から鱗が落ちた僕は、博多まで彼に会いに行った。確か87年ごろです。
その後、僕は〈結婚ってなんだ、良心を麻痺させる淫行の場ではないのか〉という苦言も入っている千石さんの本『隠されていた聖書―なるまえにあったもの』を92年に作った。その時はもう荒木経惟さんのパーティで神藏と何度か会っていて、本も渡したんじゃないかな。
僕はいつも〈この人とセックスしたい〉という欲望で動いてしまい、関係を持ったら持ったでつい情が湧いて別れられなくなるんです(苦笑)。でもその情こそが真実の愛から人を遠ざける〈悪魔のしわざ〉なんだと千石さんに教えられた。そして何より嘘の一切ない神藏と出会ったことが、結果的に自分を大きく変えてくれたと今は思います」
「嘘は人間を弱くする」と末井氏は言う。借金を妻に隠し、愛人たちとも別れられない自分に嫌気がさした彼は、〈好きな人がいる〉と言って妻のもとを突然去る。49歳だった。やがて部屋を借り、神藏氏と住み始めるが、坪内氏は〈美子ちゃんはアーティストなんだから好きにすればいい〉〈神様はいるんだね〉と彼女を送り出したというから驚く。
「何か裏があるのかと思ったけど、違ったんですね。坪内さんは彼女を表現者として認めていて、もうその時点で敵いっこありません。
結婚してからも7、8年はギクシャクして、嘘がない分、自分を全部さらけだす神藏に、僕は話せることがなくなっていくんですよ。彼女に嘘は言えないから。正直な彼女は〈恋愛したい〉と言いだしたこともあって、相手は劇団・毛皮族の江本純子さんと銀杏BOYZの峯田和伸くんだから完全な片思いなんだけど、だったら僕は妻・かの子の奔放さを許した岡本一平になればいいんでしょと言ったりね。
転機は10年前、僕が大腸癌になったこと。整理整頓は苦手なはずの彼女が手術の成功を祈った願掛けで家をピカピカにしていたり、癌になって双方の心に変化が起きたのは良かったです」

嘘をつかないと幸せに近づける

本書には「2人の共通の価値観」となった千石氏の聖書解釈も幾つか紹介されている。
〈男の人生において最高に意義あることは、女を愛することにあるんです〉〈政治にしろ事業にしろそのほかもろもろのことに、人生をかける値打ちがあると思われているのなら、本末が転倒してる〉
「例えば出勤前に夫婦喧嘩をしたら、奥さんを1人で悶々とさせるんじゃなく、きちんと向き合って問題を解決してから会社に行くとかね。そういうことが僕も昔はできなかったんですよ。
男と女が情や欲を超えて愛し合い、互いを受容して一体となるのが聖書のいう結婚で、それができないなら結婚なんかやめなはれと千石さんなら言うだろうし、そういうマトモなことを、今だからマトモに言いたい気持ちもあるんですね。
愛されたい者同士でも結婚はうまくいかない。愛する者と愛される者がいれば愛は成立するのでしょう。千石さんは〈女は男を愛せない〉〈男はカマキリのようにメスに食べられてしまうのが理想なんです〉とも言っていて、そうか、神藏は僕を愛せないんだと思ったら、かえって楽になれたくらいです(笑い)」
〈結婚の意味は「変わる」ことにある〉と末井氏は書く。〈人は一人で生まれてきて、一人で生きて、一人で死んでいく〉〈でもその孤独を乗り越えられる方法があったのです。それが「友のために自分の命を捨てること」で、それを実践しやすいのが結婚の場だと〉
「僕は7歳の時に母が爆死して、父親にも何も教わっていないからでしょうね。別に神を信じるとかじゃなく、神=真実、聖書=真理の法則が書かれたハウツー本として読んでいる。現に嘘をつかないと幸せに近づける気がする。聖書でいうパラダイスは特別なものではなく、人と人の関係にふっと出現する状態を言うんだと思う。
つまり自分の嘘に傷つき、自意識という悪魔の乗物に縛られてもいた僕は、彼女と結婚してそう変わった。男はブレたらダメだと言う人もいるだろうけど、いいんです。ブレてもいいんです、よく変われば。人間は幾らでもいい方向に変われるし、人を愛するのは自分のため、人間は1人では幸せになれないという大発見もできるんです」
ちなみに本書にはバツ4ならぬ〈マル五〉の作家・高橋源一郎氏や、過去に夫以外の恋人がいたという写真家・植本一子氏との対談も収録され、知り得た真実も人それぞれだ。しかし結婚が他者を丸ごと受け入れ、自意識の呪縛を離れるための格好の経験であることは間違いなく、やはりそんな結婚にこそ私たちは近づきたい。人間を生きるためにも。□

人生相談本も亜紀書房より発売中
□●構成/橋本紀子
●撮影/喜多村みか

(週刊ポスト2017年6.30号より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/11/18)

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