【著者インタビュー】外山滋比古『老いの整理学』

220万部を突破した空前のロングセラー『思考の整理学』と、その老年版である『老いの整理学』の著者、外山滋比古氏にインタビュー。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

220万部突破の『思考の整理学』老年版! 知の巨人が実践する生き方読本

『老いの整理学』
老いの整理学 書影
扶桑社文庫 600円+税
装丁/小口翔平+山之口正和(tobufune)
装画/平尾直子

外山滋比古
著者_外山滋比古
●とやま・しげひこ 1923年愛知県生まれ。東京文理科大学(現・筑波大)卒。文学博士。『英語青年』編集長、東京教育大学助教授、お茶の水女子大学教授等を経て現職。220万部突破の『思考の整理学』や『日本語の論理』『乱読のセレンディピティ』等著書多数。本書に〈おもしろくないからこそ、新聞を読む〉とあるが、「新聞は社会の木鐸ぼくたくなんて言って偉そうだし、今は週刊誌がいいよ。絶妙なページ数で問題提起して、読者に考えさせてるのがいい」。162㌢、49㌔。

人間の人間性が問い直されている今こそ老人がAIを使う側で知恵を生かす出番

大正12年生まれの94歳。空前のロングセラー『思考の整理学』(83年・現在114刷)等で知られるお茶の水女子大学名誉教授・外山滋比古氏には、つい最近、また新しい友人ができた。
「彼はうちのマンションのオーナーで、まだ70代かな。実に博識で話題豊富だから、近頃は毎朝、散歩帰りに彼と議論するのが、楽しくて」
視力や聴力こそ多少衰えたものの、今なお動くところは全て動かす〈五体の散歩〉を欠かさない賢人は、先日文庫化された『老いの整理学』について訊く間も政治や科学、文化芸能まで興味の赴くまま話を進めた。〈忘れるがカチ〉〈ゆっくり急げ〉〈華麗なる加齢〉等々、その思考術は一貫した逆張り、、、。世間や常識の類を悉く疑い、むしろそれらを裏返した逆転の発想に、新たな知恵を見出そうとする。
老いも未知の局面である以上、生き抜くには新たな知恵が必要だ。新しいこと、変わることを、真の知性は何ら恐れないのである。

「最近は北朝鮮のミサイルの話でメディアは連日大騒ぎだけど、僕に言わせればAIの方がずっと脅威でね。先日の大手銀行の人員削減計画なんて、あれは事務方がやってきた仕事はAIにやらせますという排除宣言でしょ。18世紀の産業革命で排除された労働者はオフィスにまだ逃げこめたけど、そのオフィスすら追われた人間は何をすればいいのか、誰にも妙案がないんです」
かつて氏は『思考の整理学』で受け身の知識に頼る〈グライダー〉型の秀才は早晩、〈コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主〉に駆逐されると予言。自力で飛べる〈飛行機〉型知性をこそ育むべきだと警告していた。
「予言というより直感だな。AIは不眠不休で働けて、給料や過剰労働への不満も一切訴えないからね。政府は教育の無償化や北朝鮮問題で国民の目を逸らそうとするけど、どうやって人類は生き延びるのか、今は21世紀最大の難題について考える、好機でもあるんです」
老いも然り。妻が骨折して以来、朝昼晩と厨房に立ち、極力自活するのが外山流だ。炊事は手、お喋りは口、と五体を動かすことを心がけ、〈きれいさっぱり忘れると、頭はよくはたらく〉〈横臥第一、睡眠第二〉と、忘却や不眠すら工夫次第で肯定してしまう。
「頭を空にしないと新しいことが入らないのは道理ですよ。また異分野の友人は積極的に作るべきですが、飽きたらさっさと他へいくのが、お互いのためです!」
ちなみにスタイリッシュ・エイジングの本場アメリカではリズ・カーペンターが〈招待を断わるな〉〈人をもてなせ〉〈なにがなんでも恋をせよ〉と提唱。一方日本では岸信介の〈ころぶな〉〈風邪ひくな〉〈義理を欠け〉が有名だが、〈大人多忙 小人閑居〉を地で行く著者は、もちろん前者派だ。
また、旧制中学の軍事教練で緊張のあまり笑いこけ、甲乙丙丁で丁評価に甘んじた外山氏は、むしろ笑うために道化役を召し抱えた昔の貴族の知恵に着目し、〈怒ってよし〉〈泣くもよし〉〈威張ってよし〉と、喜怒哀楽の活発化をめざす。
「笑う、泣く、怒るなど、年甲斐もないことほど実は健康的で、周囲に遠慮して〈ストレス・メタボリック症候群〉になるのが一番よくない。たとえ人様に嫌われようと、寿命を縮めるよりはずっといいんです」

時代の波頭を察知するのは普通の人

〈謙虚が美徳〉の向こうを張った養生訓は、世間体を気にして怒ることすらできない全ての現代人に有効だ。しかし怒るには相手が必要で、誰も取り合わなければ人を孤独に追い込むばかり。それがどれほど〈危ういことか、年寄りも、若い人も考えようとしない〉〈叱られ役になるのはたいへんな労り〉と、氏は新しい敬老論から老人の役割、人間の可能性について再び考える。
「つまり新しい人間主義、、、、、、、というかな。仮に生産現場がAIに取って代わられたとして、それでも人間にしかできないことは何なのか。逆に我々は人間の人間性について問い直されてもいる。
案外僕は今こそ老人の出番じゃないかと思うよ。今までは体力的に現場を退いていた年寄りが、AIを使う側で長年の経験を生かすとかね。その手の知恵は最も数値化しにくい分野だし。
ついでに言うと、今後注目したいのは幼児教育。子供を親以外のプロが育てることは『考える』ことが特に必要。どこまでが人間でないとできないのかが見直されると思うなあ」
と、外山氏の思考は自著もそっちのけに先へ先へとゆく。なぜそこまで常識や定説に囚われずにいられるのか、最後に訊いてみた。
「僕は人の言うこともほとんど信用しないし、自分が支配者側にいないという自覚があるんだな(笑い)。
僕らは世の中の価値観が戦争の前後で一変するのを見てきたからね。常に万物は移ろい、それまで見向きもされなかったものに実は価値があったという経験もあり、結局は自分の頭で考えるしかないと思うようになった。それには物事を素直に見る、、、、、ことが必要で、時代の波頭は知識人や専門家ではない普通の人の方が察知できたりする。AI対応もそうした周縁の知恵から妙案が出てきそうな気もする。だから誰であれ考え続けることが大事なんです」
本書の端々に滲むユーモアも、まさに人間ならでは。〈「日々にわれわれは賢くなりゆく」には、“風のように”生きる必要がある〉とあるように、大いに笑い、泣き、各々の今と軽やかに対峙してこそ、人類のよりよき未来もまた拓けるのだろう。

□●構成/橋本紀子
●撮影/三島正

(週刊ポスト 2018年1.12/19号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/07/08)

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