【著者インタビュー】小森健太朗『中相撲殺人事件』
現役横綱を含む計24名が作中で死亡する奇書『大相撲殺人事件』から14年。事件の規模を「中」にして、さらにブッ飛んだ内容でかえってきた! その読み処やミステリへの想いなどを、著者にインタビュー。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
角界で起きる珍事件にツッコミながらも謎を解け!!トンデモ相撲ミステリ開幕!
『中相撲殺人事件』
南雲堂
1700円+税
装丁/岡 孝治
小森健太朗
●こもり・けんたろう 1965年大阪生まれ。東京大学文学部哲学科卒、同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。近畿大学文芸学部准教授。82年「ローウェル城の密室」が史上最年少の16歳で江戸川乱歩賞最終候補となり話題に。94年『コミケ殺人事件』でデビューし、『探偵小説の論理学』で第8回本格ミステリ大賞、『英文学の地下水脈』で第63回日本推理作家協会賞。著書は他に『星野君江の事件簿』『魔夢十夜』等。訳書も多数。174㌢、61㌔、B型。
ミステリとは思い込みを覆し、驚きを与えてくれるものというのが私の原点
ネット上で再注目される奇書『大相撲殺人事件』(04年)から、早14年。『中相撲殺人事件』とは、いよいよ人を食っている。
「アハハ。前作はタモリ倶楽部の『ウラスジ大読書会』(文庫の裏表紙の粗筋、今年5月放送)で話題になったり、昨年になって急に増刷がかかったりしましたね。
実は既に文春電子版では『小相撲殺人事件』も配信中で、千代楽部屋の一人娘〈聡子〉やハワイ出身力士〈幕ノ虎〉が巻き込まれる事件の規模も大中小の順で小さくなる予定。要はエラリー・クイーンのXYZ(の悲劇)みたいなものです」
現在、近畿大学で教鞭も執る著者・小森健太朗氏は『探偵小説の論理学』等の評論でも知られ、ミステリとは構造を楽しむ第一級の知的ゲームだとの信念が、行間からは滲み出るよう。中学生相撲を強引に中相撲と呼び、「中くらいの事件」を全6編に続発させたこの続編でも、江戸期の最強力士・雷電の降霊騒動あり、闇賭博の船上相撲ありと、さらにブッ飛んでいた!
*
それこそ文庫版の粗筋に〈角界に吹き荒れる殺戮の嵐〉とある前作では、現役横綱を含む計24名が死亡し、〈立合いの瞬間、爆死する力士、頭のない前頭〉等々のウラスジからは想像しえない本格推理劇が展開された。その半年後を描く本作でも、才気煥発な高校生・聡子や、勘違いがきっかけの入門後、関脇まで出世した幕ノ虎こと〈マーク〉、入門6年目で未だ幕下の〈御前山〉が探偵役を務め、奇想天外な6つの事件に挑む。
「私は90年代に漫画原作の仕事をしたことがあり、相撲ミステリのネタ出しを頼まれたんです。結局その企画は流れましたが、小説で復活させたというか。
例えば前作の『女人禁制の密室』では相撲界特有の約束事がトリックを生み、力士=巨体といった属性も、私にはネタの宝庫に思えた。奥泉光さんが文庫解説で〈「本格」ミステリが根本に持つ、ナンセンスと紙一重の馬鹿馬鹿しさ〉と評価して下さったギャグの類も従来の私の作風にはないものですが、やるからには命がけで笑いを取りに行くのが、我々大阪人なので(笑い)」
本書でも「金色のなめくじ」「美食対決、ちゃんこの奥義」等々、何が何やら。事件の規模こそ中程度だが、その殺し方や謎の潜ませ方、そして3人の個性あふれる迷推理が、最大の読み処だ。
例えば1話「雷電の相撲」では、万年幕下に甘んじる御前山が、〈霊能力相談所〉なる施設の怪しげなチラシをもらったことが騒動の発端だった。そこではビデオ等を使ったイメトレや降霊術が売りらしく、いかにも胡散臭い。だが江戸の怪物・雷電為右衛門をおろしてほしい御前山は入所を決め、以来破竹の6連勝。ついに幕下優勝を目前にするが、取組で〈ギュイーン〉と奇声を発し、両手を広げて体当たりするなど、どうも様子がおかしい……。
「この話は彼が何に取り憑かれたかという謎が二転三転するのがミソ。今回は『四十八手見立て殺人』のように、日本語がカタコトのマークでは解かせづらい事件も多く、その分、相撲通でオタク気質な御前山に活躍してもらいました」
〈ブラームスは、交響曲の楽想を得たとき、まるで身近にベートーヴェンがいたかのようだと語ったといわれています〉云々とイメトレの効用について力説する御前山に対し、物証を重んじ、〈ヒトツ、タシカメタイコトガアリマス〉が口癖のマーク。勝気で早合点な聡子など、各キャラクターも順調に育ちつつある。
「ミステリの出来と探偵の魅力が両立するに越したことはないのですが、私自身はキャラクターを楽しむことを第一義とする読み方とは違い、ミステリとしてより優先されるべきは謎解きそのものを味読できることにあると思ってます。
前作が今頃になってウケたように、キャラクターというのは勝手に育つところがあるし、謎の構築と違い、計算で作れるものではない。昨今では泣ける話を売りにするミステリも増えつつありますが、キャラクターやドラマ性を抜きにしても、なお発見があり知的好奇心をゆすぶられるミステリを、私は面白いと思うんです」
ミステリの論理性構築は理系的発想
近大の創作評論ゼミでは、クイーン等の犯人当て短編の前半だけを読ませ、解決編を書かせるなど、熟読の訓練を重視しているとか。
「推理小説ファンの間でも、解決編の前で立ち止まって自力で推理する人は少数。現実には最後まで漫然と読む人が大半なんですよね。
その点、うちのゼミでは何度も読みこんで手がかりを正確に拾わないと結末が書けないし、通常の読書と違って正解があるので読みの程度も客観的に測れる。中にはこちらの想定にない迷推理を書く学生もいて、そうか、こんな見方もありえるのかと、作家としては実に参考になります(笑い)。
私自身は文学的興味から中学生で小説を書き始め、一方で内外のミステリを体系的に網羅したいという野望もあった。今は実作と評論を両方やっていますが、『探偵小説の論理学』にも書いた論理性の構築というのはわりと理系的な発想です。私は文学部出身ですが、理系的な発想をもつ作風だと理科系出身の知り合いからいわれたりします」
だとすれば、ミステリとはどんな文学なのか?
「例えば意外な真相に驚くということは、自分の視野に入ってて当然のはずの真相に気づかずに、盲点を突かれるということでしょう。ところが昨今の泣けるミステリでは、自分の中にある感情を再確認し、共感できる対象を求める読者も多く、それが主流だと思われるのはちょっと違うと思う。
確かにそれも一つの楽しみ方ですが、ミステリとは自分の思い込みを覆し、驚きを与えてくれるものだという思いが私の原点にはある。そもそも思い入れに頼った読書では謎は解けませんし、自分自身をなぞることにしかならないので」
それこそ終章「虎党パズル」では、幕ノ虎ファンを集めたミステリーツアー中、ある参加者を殺めた犯人を、読者もまた殺害現場である〈迷路庭園〉の地図を元に推理できる趣向も。この時、真相を暴いた後のマークの台詞がいい。〈ドウキ、ワカリマセン。スイリ、テガカリ、ナイトデキナイ〉―。
憶測を排し、事実だけを見つめるフェア精神に満ち、目の曇りを払ってくれるからこそミステリは面白い。そんな原点に立ち帰れる、実は面白おかしいだけでは全くない、まさに奇書だ。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2018年7.20/27号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/09/24)