【著者インタビュー】月村了衛『東京輪舞』
田中角栄邸を警備していた警察官・砂田は、やがてロッキード、地下鉄サリンなど、さまざまな事件に関与することになる……。昭和から平成の日本裏面史を壮大なスケールで描いた、月村了衛氏にインタビュー!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
小誌連載中より大反響!昭和から平成の日本裏面史を「貫通」する公安警察小説!
『東京
小学館
1800円+税
装丁/bookwall 装画/岡田成生
月村了衛
●つきむら・りょうえ 1963年大阪市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年『機龍警察』で小説家デビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞。著書は他に『神子上典膳』『影の中の影』『ガンルージュ』『黒涙』『追想の探偵』『水戸黄門 天下の副編集長』等。176㌢、63㌔、A型。
昭和の闇と繋がる事件を見ると、この国は何度同じ過ちを繰り返すのかと怖くなる
「公安から見た昭和史」。
たったそれだけともいえる着想を圧巻の物語に紡ぐ稀代のストーリーテラー、月村了衛氏の『東京輪舞』が、ついに単行本化された。
主人公は昭和50年、警視庁公安部外事第一課に配属された〈砂田修作〉。物語は巡査時代、田中邸を警備中に負傷した彼を角栄自らが病院に見舞う場面で始まり、末端の警官にも礼を欠かさなかった平民宰相がやがて政界を追われ、砂田もまた時代に翻弄されてゆく様を、全7章の歴史巨編に描く。
ロッキード、東芝COCOM違反、地下鉄サリン等、本作では昭和〜平成に至る現実の事件を扱い、その間、内外情勢は劇的に変化した。が、最も変わったのは政財界も含めた人のあり方かもしれず、かつて角栄の大きさや戦後の闇の深さに震撼した砂田は思う。〈アメリカも日本も情けないほどの小物ばかりだ〉〈平成などなかった〉と。
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「昭和史は本当に大変でした。今回は通常の長編5、6冊相当のネタをつぎ込みました。自分史上、最もコスパが悪く、その分、思い入れ深い作品です(笑い)」
『機龍警察』シリーズ等で知られる著者は稀代の映画通、エンタメ通でもあり、内外のスパイ小説にも精通する。が、ここまで現代史の深部に実名で迫る小説はなかなか例がなく、取材や資料調べには膨大な時間と手間を要したという。
「あくまで主眼は昭和史にありました。外事畑で主に旧ソ連絡みの事案を扱う砂田の守備範囲で、まずは各時代を象徴する事件を選びました。それに加え、時代を貫く縦軸となる存在として置いたのが、角栄でした。
例えばロッキード事件の時、私は小学生で、当時はご多分に漏れず巨悪が駆逐されたとしか思わなかった。ところがいかに角栄がアメリカに嫌われていたかとか、背後関係を知れば知るほど、日本人はなぜあの時、彼をヒステリックなまでに叩いてしまったのかと思ってしまうんです。せめてその背景にどんな力学や思惑が働いていたか、砂田という架空の警察官の目を通じて再検証したかったんです」
着任早々、砂田が班長の〈馬越〉に命じられたのは、前年の三菱重工以来相次ぐ連続企業爆破事件の捜査。前夜も間組本社が爆破され、要は刑事部の応援に動員されたのだ。が、後に東アジア反日武装戦線の幹部逮捕で終息を見るこの事件でも、公安は早々に犯人を特定していたとの噂があり、現場は無駄働きさせられたと怒る砂田に、幹部候補〈阿久津〉は言う。
〈でもね、今の僕らには何もできない〉〈今は黙って力を蓄えるしかないんです〉
そして翌51年。発端は、ロッキード社の監査法人が米上院に誤配した段ボールだった。その中に日本政府高官に工作を行なったとする記述があり、世にいうロッキード事件が発覚したのだ。角栄逮捕を受け、馬越班にも密命が下った。来日中の元ロッキード社員〈ヘンリー・ワイズ〉を目的も明かさないまま追跡せよという、〈CIAの下請け仕事〉である。先輩の〈逢沢〉共々トップ屋に扮し、砂田は内偵を始めた。事件に関して情報を握るワイズが石油メジャー・ガルフオイルからも追われている事実を掴み、彼の潜伏先で日本に留学中の娘〈アンナ〉と出会う。父親を案じる彼女と千疋屋本店のフルーツパーラーで落ち合い、話を聞くうち、砂田はこの聡明な美少女に好意を抱くが、その思いも結局は裏目に出るのだった。
「当時彼はまだ独身だけど、そもそも事件関係者に恋をするようなロマンチストは公安失格です(笑い)。ロッキード事件に関しても、彼は真相の一端は垣間見ても、結局何もできないまま、組織の論理に呑まれていく。そうした人生のやるせなさを描けるのが小説です。組織の中で歳だけ取る砂田や、それを嫌って物書きになる逢沢、初心を捨てて出世に走る阿久津も含めた人生の傍らで真相は闇に葬られ、問題は先送りされるんです。
私自身、平成を生きた一人として今の事件を見ていると、全部昭和の闇と繋がっていると感じます。東芝の粉飾決算やオウム死刑囚の一斉執行も、連載中はまさかそんなことが起きるとは思っておらず、この国は何度同じ過ちを繰り返すのかと、怖くなるほどでした」
東京は掘り下げ甲斐のある舞台
その平成の終焉も想定外のうちに書かれた本作では、瀬島龍三や児玉誉士夫といった怪人物に加え、旧満州利権や戦前戦後の闇が影を落とし、〈ふざけやがって〉と砂田でなくとも言いたくなる。〈関東軍の戦費も、被補償国への賠償金も、すべて国民の税金である〉と。
一方、昭和という時代の躍動感には確かに心惹かれてしまう。公安部がオウム犯行説に拘り、結局は事実を歪めたまま迷宮入りした國松孝次警察庁長官狙撃事件(平成7年)でも、公安対刑事部の人事抗争が背景にはあり、その卑小さには失望を禁じ得ない。
「例えば本作に載せた長官狙撃事件に関する質問主意書や政府側の答弁は全て原文通り。〈御質問のような「人事抗争」については承知していない〉など、虚偽答弁も今に始まった話ではないんです。それでも国民を欺けると高を括る今の政治家と、〈いい政治というのは、国民生活の片隅にある〉と言った角栄の決定的な違いを見るにつけ、なぜこんな時代になってしまったのかと思う」
また、元同僚の〈圭子〉や神出鬼没の元KGB職員〈クラーラ〉という2人の女によっても砂田の人生は振り回され、誰もが時代には抗えない中、砂田がかつて馬越や圭子と分け合った〈ダブルソーダ〉は生産中止となり、千疋屋も改装。幾多の思い出を呑み込んで変わりゆく東京はその実、歴史を描く格好の舞台でもある。砂田が3章「崩壊前夜」で、あるロシア関係者にまんまと逃げられる東京駅京葉線の地下通路は、高度成長期に頓挫した成田新幹線の夢の跡だったりした。
「私としては物語の展開上、標的の移動ルートや逃げ道を、毎回必死に探しているだけです。すると、必ずその手の遺構が地下にあることが判明するんです。ただ、そうした夢の残骸も含めて歴史の地層とすれば、東京は実に掘り下げ甲斐のある舞台ではありました」
どこまで掘っても昭和に行きつく平成も終わろうとする今、同じ過ちを繰り返すかどうかは私たち次第。一見報われない砂田の人生は、次なる時代を切り拓くための有用な鏡でもある。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2018年11.9号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/11/18)