【著者インタビュー】畑野智美『神さまを待っている』

主人公は派遣で働く26歳の女子。正社員になれないまま契約が終了し、家賃すら払えなくなった彼女は、やがて同い年の貧困女子の誘いで出会い喫茶に通い始める……。今や誰に起きてもおかしくない転落劇を、個人的で切実な問題として描く著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

誰にも「助けて」と言えない――現代の貧困から抜け出すための小さな希望を模索する長篇

『神さまを待っている』
神さまを待っている 書影
文藝春秋
1600円+税
装丁/城井文平

畑野智美
畑野智美
●はたの・ともみ 1979年東京生まれ。東京女学館短期大学国際文化学科卒。10年以上のアルバイト生活を経て、10年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。他に『南部芸能事務所』シリーズや『海の見える街』『感情8号線』『消えない月』等。165㌢、52㌔、B型。「未だに男性には女子の体重40㌔信仰みたいなのがあって、そんな体型あり得ない、人間は50㌔あっていいんですって言うために、私は体重を公開してます(笑い)」。

わからないことをわかろうともせずにわかった風に言うことこそが社会問題

若年層、特に女子の貧困問題を、畑野智美氏(39)はいわゆる社会問題ではなく、個人的で切実な現実として、小説化する作家だった。
「私は昔からお金の不安と縁が切れたことがなくて。今も、いつ書けなくなってホームレスになるかわからないし、お金がないことを一番上手に書けるのは私だという自信はありました」
最新刊『神さまを待っている』の主人公〈水越愛〉は大学卒業後、派遣で働く26歳。いずれ正社員にとの口約束も果たされないまま契約は終了。家賃すら払えなくなった彼女は、漫画喫茶に寝泊まりして日雇いの仕事を待ち、やがて同い年の貧困女子〈マユ〉の誘いで出会い喫茶に通い始める。
店では客と外出することを〈茶飯〉、ホテルに行くことを〈ワリキリ〉といい、家族とも疎遠な愛には頼れる人もいない。そんな今や誰に起きてもおかしくない転落劇は、果たして本当に〈自己責任〉なのか?

小説すばる新人賞受賞作『国道沿いのファミレス』以来、早くも本作が21冊目。前作『水槽の中』が8年間の集大成にあたる「末っ子」とすれば、本作は「次の20冊を見据えた長女」だという。
「ただ私にとっては前々作『大人になったら、』に書いた30代女性の結婚や出産も、20代の貧困も、同じくらい切実で、別に今作から社会派、、、を目指したわけではないです。特に今は新聞よりネットでニュースを見る時代なので、元々興味のある情報しか入ってこないし、私の場合その中でも〈神待ち〉やワリキリに走る貧困女子の存在が気になったというだけのことです。それもつらい現実をただつらいと書くんじゃなく、そこから一歩、できれば明るい方向に踏み出すことが、私が自分に課した課題なんです」
ちなみに「神待ち」とは、行き場のない女性が、その晩泊めてくれる男性を街角やSNSで探す行為をいい、まだそこまで割り切れない愛も、いつそちらに転んでもおかしくはなかった。
面接官のセクハラ紛いの言動を嫌って内定先を蹴り、結局就職できなかった愛は、派遣先で真面目に働き、それなりに評価も得てきた。退社後は友人の結婚式等々で出費がかさみ、派遣の単発仕事で食い繋いだものの、貯金はあと僅か。それでも愛は同じ静岡の高校出身で大学も一緒だった男友達の〈雨宮〉ら、親しい友人にも〈助けて〉と言えない性格なのだ。
「女子が結婚式に参列するのがいかに大変か、男性は想像つかないようですが、毎回同じ服では出られないし、ヘアセット代等、お金がどんどん出ていく。地方出身の派遣社員で慶弔費がかさめば、派遣切りに遭わなくても干上がりますよね。
ただ、そういうことって友達には言えないんですよ。私もフリーター時代はお金がない同士で遊ぶ方が気は楽でした。自分を正当化したくて、生活レベルの違う友人を避けてしまっていたんです。仕事や結婚、学歴やお金のあるなしまで、何にでも線を引き、上と下を作りたがる人間は、特に相手が同い年だと、共感、、比較、、に走りがちなので」

「自己責任論」ではどうにもならない

愛にも悪循環から抜けるチャンスはあった。特に区の福祉課に勤務する雨宮は読者から見てもいいヤツで、なぜ彼に相談しないのかと苛々するほど。が、母の死後、元愛人と再婚し、異母弟だけを溺愛する父親に絶望して育った愛は男性の叱責を過剰に恐れ、今の生活を〈雨宮だけにはばれたくない。絶対に怒られるし、今度こそ本気で軽蔑される〉と思ってしまうのだ。
またある時は愛の丁寧な仕事を評価してくれた短期の派遣先に、彼女は寝坊して行くことができなかった。実社会に戻れそうな愛を妬み、マユがスマホのアラームを止めてしまったからだ。
注目はそのまま姿を消したマユの嫉妬を、愛が理解できないことだ。一日を菓子パン一つで凌ぐ生活を抜け出させてくれた親友、、のマユがなぜ? と途方に暮れる愛に、2人の子供を抱えるシングルマザーで、出会い喫茶の古株〈サチさん〉は言った。〈愛ちゃん、わたしたちとは違うもん〉〈戻れる人だから〉〈マユちゃんは、愛ちゃんがいなくなるのが嫌で、自分から先にいなくなったんだよ〉
「愛には公務員で家族関係も良好な雨宮が健全すぎて怖く、でもサチさんには大卒で社会生活にもなじめる愛が、生活保護の書類も理解できない自分を高圧的に叱った役所の職員と同じに見えちゃうんですよね。
愛自身も、日雇いで行った工場のパートさんを下に見る自分にも〈差別意識〉があることは自覚している。〈雨宮には、わかんないよ〉と言いつつ、マユのことはわかろうとしない。つまりどっちもどっちなんです」
やがてサチさんや、実父の性的虐待に苦しむ15歳の神待ち少女〈ナギ〉のより深刻な事情を知り、愛自身、ある客とのトラブルに遭遇することで生じる変化が、本書最大の読み処だろう。そして彼女が〈貧困というのは、お金がないことではない。頼れる人がいないことだ〉と気づき、自ら踏み出す一歩は、畑野氏らしい新味と気概を感じさせる。
「もちろん貧困脱出の最善手は福祉課に行くことだし、雨宮みたいな友達がいる人はすぐに相談した方がいい。でも王子様に一方的に救われる昭和な結末、、、、、には絶対したくなかったし、お金より大事なものもあるよねってことで済んだ時代は、もう絶対的に終わってるんです。
SNSの登場以降、みんなが『自己責任論』をすぐ言い出すような風潮になっていると感じます。貧困問題を扱った番組が放映されても、結構食えてるじゃんとか、すぐネットに批判を書き議論を止める人がいますが、その前に『わかろうとしてますか』と私は聞きたい。自己責任論ではどうにもならない人がこれだけリアルにいるわけですし。
例えば海外に行くとわかりあえないのが前提だから意外とわかりあえたりして、人と人は完全にはわかりあえないからこそ、わかろうとする努力が大事だと思う。SNSでもわからないことをわかろうともしないままわかった風に言う人が多いし、貧困問題より何より、それが一番の社会問題、、、、だという気が私はするんです」
神とは、単に一夜を買う客ではなく、本人の人生をも拓きうる希望のこと……。お手軽だけに実体を隠しやすい言葉の禍々まがまがしさを暴き、一つ一つ更新することも、読者の「わかる」に個人的に訴える小説の仕事かもしれない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2018年12.7号より)

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