荒木優太『在野研究ビギナーズ―勝手にはじめる研究生活』/大学に職を得なかった研究者たちの生活は……
大学に属さない、民間の研究者たちの研究方法や生活がわかる一冊。さまざまな角度から、大学という制度の外で、どのような学問がなりたつのかを問います。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
在野研究ビギナーズ―勝手にはじめる研究生活
荒木優太 編・著
明石書店
1800円+税
装丁/明石書店デザイン室
「大学制度」の外で小さな輝きを放つ現役学者による寄稿集
学者のつどう学界にも、いわゆる学界政治はある。学術的な当否だけで、研究者が自分のとるべき行動を、きめているわけではない。処世上の思惑や出世への打算も、彼らの振舞を、大なり小なり左右する。
学会の集まりで、老大家がとりまきの大学人たちからちやほやされている。編者は、在野の研究者だが、そんな光景に違和感をいだくという。大学の学問はみな愚劣だと言う山本哲士にインタビューを敢行したのも、そのためか。
大学に職を得なかった研究者たちの文章を、この本は十四点あつめている。インタビューの記録も、さきほど紹介した山本のそれをふくめ、三点ある。さまざまな角度から、大学という制度の外で、どのような学問がなりたつのかを問うている。
くりかえすが、編者にはアナーキーな志もあったようである。あと、野良研究者を自負する寄稿者のひとりにも、その気概はあると見た。そして、これを書いている私じしんも、その気分はよくわかる。まあ、大学の中にもぐりこんだ私などから、そんなことは言われたくないかもしれないが。
しかし、ほとんどの論者は、学界を肯定的にながめている。大学に所属しなくても、かくかくの貢献をはたすことができた。しかじかの研究仲間が見つかり、たがいにはげましあうこともできている。ここにおさめられているのは、おおむねそういう文章である。
また、そのそれぞれが、みな小さな輝きをはなっている。なかでも、私はアシナガバエをおいかける昆虫学者が書いた一文に、感動させられた。仕事をすすめるうちに、ロシアの世界的な権威と知りあい、たがいを高めあう。いい話だなと、心の底から思う。グッド・ラックと、まじり気なしに声をかけたくなった。
大学の外にあって、せいいっぱい研究者人生をおくろうとする。そんな営みを知り、大学批判に急な自分を反省させられもした。編者はこういうことを、どううけとめているのだろう。
(週刊ポスト 2019年11.1号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/04/21)