【著者インタビュー】原 武史『「松本清張」で読む昭和史』/歴史の奥に隠れた「見えないもの」
社会派推理小説というジャンルを確立した松本清張の代表作を読み解く一冊。徹底的に調べて描かれた人々の暮らしぶりなどには、資料的な価値もあると著者・原武史氏は語ります。
【大切な本に出会う場所 SEVEN’S LIBRARY 話題の著者にインタビュー】
松本清張は歴史家だった――『点と線』『砂の器』『日本の 黒い霧』ほか代表作を読み解き歴史に埋もれたタブーを現代に映し出すスリリングな論考。
『「松本清張」で読む昭和史』
NHK出版新書 800円
今年生誕110周年、社会派推理小説というジャンルを確立した巨匠・松本清張。今も度々ドラマになるなど人気作家だが、原さんは〈小説家にとどまらない、ひとりの歴史家ないし思想家として読みなおされる存在なのではないか〉と綴る。41歳で作家デビューし82歳で亡くなるまでにおよそ1000篇の作品を残した清張。その代表作を読み解き、昭和時代と、令和の今にも連なる権力構造や時代の闇に光を当てる。
原 武史
●HARA TAKESHI 1962年東京都生まれ。放送大学教授。専攻は日本政治思想史。’98年『「民都」大阪対「帝都」東京-思想としての関西私鉄』でサントリー学芸賞社会・風俗部門、2001年『大正天皇』で毎日出版文化賞、’08年『滝山コミューン一九七四』で講談社ノンフィクション賞、『昭和天皇』で司馬遼太郎賞を受賞。ほかに『皇后考』『平成の終焉-退位と天皇・皇后』『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』(三浦しをんさんとの共著)など著作多数。
清張作品に女性読者が多い理由のひとつは 女性を男性の添え物として書いてないからでは
松本清張は、歴史の奥に隠れた「見えないもの」を書こうとした作家だと原さんは言う。
『点と線』『砂の器』『日本の黒い霧』『昭和史発掘』『神々の乱心』という、小説と近代史を題材にしたノンフィクション5作を取り上げ、国民作家が追い続けた日本の闇を、「鉄道」と「天皇」という専門テーマから読み解く。
「清張が作家になったのは昭和25年、41歳の時です。学歴もなく、長い下積みの期間を送ったわけですが、その下積みの長さが後の旺盛な作家活動の母体となっています。だからこそ社会派推理小説というジャンルを確立できたし、オリジナリティーのある独自の視点も得られた。天皇制を論じるにも近代史と古代史、両方からアプローチしていますが、これは、学者にはできない方法です」
原さん自身、新聞記者をへて研究者になり、記者経験を通して天皇制という研究テーマを見つけた。だが、アカデミズムの世界では、そうした寄り道を一段下に見る風潮があるそうだ。この狭い感覚にはずっとなじめず、だからこそ、清張の独自性を先入観なく受け止めることもできたのだろう。
「清張は小説にノンフィクションの要素を取り入れています。『点と線』のトリックも、当時の時刻表を当たって、ダイアグラムの中に誰も気づかなかった『空白』を見つけた。『砂の器』に出てくる方言も、研究書に基づいています。
徹底的に自分で調べて、だからこそ時間がたっても古びず、そこに描かれる人々の暮らしぶりなどには資料的な価値もあると思います」
同時代の司馬遼太郎と比べても、「女性読者が多い」というのも面白い指摘だ。
「司馬遼太郎に限らず、女性が出てきても、添え物というか、男性を陰で支える存在として書くことが多いですけど、清張の小説では、表では男が力を持っているようで、実は本当に力があって鍵を握るのは女性だったりします。『点と線』から最後の『神々の乱心』まで一貫していて、そういうことも女性読者をひきつけるひとつの理由なのかな」
平成4年に亡くなった清張が、もしいまも生きて『平成史発掘』を書くなら何をテーマに選んだか、という推理も興味深い。
素顔を知りたくて SEVEN’S Question-1
Q1 最近読んで面白かった本は?
河崎秋子『土に贖う』。北海道を舞台に、ミンクとかハッカとかクワとか馬とか、かつては栄えた一次産業にかかわった人たちの物語なんですが、いろいろ考えさせられ触発されました。炭鉱やSLでもこの手法は使えるんじゃないか? 北海道のある機関区に勤める、お召列車の運転に選ばれる機関士を一方に置いて、もう一方にアイヌの男がいて、この男が行幸で来た天皇に直訴して‥‥という話がばーっと頭に浮かびました。
Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
桐野夏生さん、奥泉光さん。
Q3 好きなテレビ・ラジオ番組は?
日曜夜9時の『クラシック音楽館』。
Q4 最近気になるニュースは?
やっぱり新天皇の即位でしょうか。
Q5 最近ハマっていることは?
日曜の夜8時から韓国ドラマを見ることで、韓国語のヒヤリングにもなるので欠かさず見てたんですけど、今やってるのが極端につまらなくて見なくなりました。
Q6 何か運動をしていますか?
特にしてないです。去年は出版社の人と年に何度か卓球を。今年はバドミントンをやるはずが、うまく会場が取れなくて。もしかしたら近々やるかもしれません。ぼく、実は中学時代はバドミントン部だったんです。
●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛
(女性セブン 2019年11.21号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/05/02)