『真説・長州力1951─2015』
【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
リング上の「反逆者」の
意外な素顔と心情
『真説・長州力 1951─2015』
田崎健太著
集英社インターナショナル
本体1900円+税
田崎健太(たざき・けんた) 1968年京都府生まれ。早稲田大学卒業。小学館勤務を経てノンフィクション作家。著書に『球童 伊良部秀輝伝』(講談社)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)など。
「俺はお前の噛ませ犬じゃない」
団体内で自分より格上扱いされていた藤波辰巳に、そう言って喧嘩を売って以来、長州力は既存の秩序を破壊する反逆者のイメージを獲得した。30年余り前、アントニオ猪木率いる新日本プロレスが大ブームを巻き起こしていた頃のことである。後から思えば、その有名な「噛ませ犬事件」はプロレス独特のアングル(筋書き)だったのかもしれないが、当時のファンは長州力に自分の鬱屈した思いを重ね、熱狂した。
本書は長州力として知られる、通名吉田光雄、本名郭光雄という一人の人間の半生を描いたノンフィクション。著者は本人にインタビューを重ね、幼馴染みからレスラーまで数十人を取材し、今日までの軌跡を丁寧に追っていく。
読んでいて面白かったのは、取材の場で長州力が見せた顔だ。20歳以上年下だが大学の教壇にも立つ著者を「先生」と呼び、馴染みの居酒屋ではいつも一番奥のテーブルに座り、入り口に背中を向けたという。 〈自分の韓国人の血。幼少の頃の引け目みたいなものがある〉 〈子どもの頃、ぼくは怯えながら生きていた。その辺が微妙に心のどこかに引っかかっている〉
著者のインタビューに対して長州力が吐露した心情である。
残念ながら、長州力の人生を大きなうねりのある物語として描くことに成功しているとは言えない。だが、反逆者のイメージとは裏腹の慎ましい素顔を描き、少年のような繊細な心情を引き出したことは功績だろう。具体例は本書に譲るが、プロレス史の空白を埋めるような事実の発掘も各所にある。プロレスファンにとっては興味深い一冊だ。
(SAPIO 2015年10月号より)
初出:P+D MAGAZINE(2016/03/12)