【著者インタビュー】斎藤恭一『大学教授が、「研究だけ」していると思ったら、大間違いだ! 「不人気学科教授」奮闘記』/少子化時代、国立大の教授が自ら広報に奔走!

「教授はただの研究者ではなく、“勤め人で”あり“教育者”である」を信条とし、東大で12年、千葉大で25年の教鞭を執っていた斎藤恭一氏。不人気学科に“イイ学生”を集めるべく、斎藤氏が自ら動き、奮闘した記録を紹介!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

大学崩壊なんて嘆く暇はない! 「不人気」研究室維持のために教授自らが広報に奔走 悲喜交々の現代大学事情

『大学教授が、「研究だけ」していると思ったら、大間違いだ! 「不人気学科教授」奮闘記』

イースト・プレス 1400円+税
装丁/アルビレオ 装画/サンダースタジオ

斎藤恭一

●さいとう・きょういち 1953年埼玉県生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修了。東大助教授を経て千葉大学工学部教授。現在同名誉教授。早大理工学術院客員教授の傍ら㈱環境浄化研究所で研究開発に取り組む。「私は企業との共同開発もかなりやってきました。学問は社会に役立ててこそ意味があるというのが恩師の教えでもあるので」。著書は他に『道具としての微分方程式 偏微分編』『グラフト重合による吸着材開発の物語』等。165㌢、70㌔、A型。

「大学」を名乗る以上は社会からも良い学生を育てるよう期待されているはず

 まさに看板、、に偽りなしだ。
『大学教授が、「研究だけ」していると思ったら、大間違いだ!』の著者、斎藤恭一氏(66)は、昨年の3月に退官するまで、東大で12年、千葉大で25年教鞭を執り、専門は分離工学及び「放射線グラフト重合法による高分子吸着材の開発」。
 そんな工学博士が専門科目の講義以外の〈化学英語〉、〈微分方程式〉といった必修科目も受け持ったり、県内外の高校や予備校にまで模擬講義やPRにおもむくなど、少子化時代の教授は悠然としていられないらしい。
 まして〈不人気学科教授〉をあえて自称する斎藤氏のこと。〈教授はただの研究者ではなく、“勤め人”であり、“教育者”である〉を信条に自ら動き、事態を打開する様は、職種を超えた奮闘記として、広く共感を呼ぶこと必至である。

 とにかく声の通る人だ。
「マイクは極力使いません。何か伝えたい時にボソボソ喋るのは、一番まずいので」
 と語る斎藤氏は、化学工学科、機能材料工学科、物質工学科、共生応用化学科と、不人気学科ゆえの統合・再編・改称を多く経験してきた。
〈不人気学科とは、学生が集まりにくい学科のことである。その学科の研究がダメだとか、就職率がわるいとか、はたまたカリキュラムがよくないとかではない〉
「公害問題が起きると化学が不人気になるなど、学科の人気変動は、景気や産業構造の変化を学生なりに感じ取っていることの表れでしょう。ただそうした表面的な流行と学問の価値は本来別物です。教える方としては、やはりイイ学生、、、、が入ってくれないと困るわけですよ。
 私は父親が零細工場を経営していたので、注文が入れば贅沢できるけど、なければ干上がるという、商売人としての危機感が人一倍沁みついています。なので、学科も人気がなければないで宣伝するとか、自分から動かないとエラいことになると常々思っています」
 実は本書も、退官を機にまとめた私家版高校訪問記『大学サバイバル』が原型。栃木県立真岡高校や埼玉県立春日部高校など、教え子の母校を訪ねては模擬講義や大学案内ツアーを行い、〈千葉大理系コース〉がある河合塾西千葉校では受験生の壮行会にも出向く。その姿には、「国立大の教授がここまでする?」とやはり思わずにはいられない。
「確かに昔は国立と私立で学費が10倍近く違いましたが、今は2倍程度にまで差は縮まった。進学するなら国立大しかダメと言う親も減っています。少子化で年々減る受験生の争奪に、人も金も出す私立と何も出せない国立では勝負は歴然。だから私がせっせと手弁当で行くわけですよ。言い出しっぺが実践するのは、この世の常です(笑い)」

交友の場を用意する「サービス」

〈大学は研究機関であってはならない〉〈学生を育てるために研究をするのであって、研究をするために学生を使ってはならない〉との氏の信条はしかし、〈研究に限界を感じた教員の発言〉云々と批判されてもきたという。
「おかしな話ですよ。私はよりよく教えるためによりよく研究し、その逆も然りだと言ってるだけなんですけどね。研究するだけなら大学、、じゃなく、研究所、、、でいいんですから。
 院生だけを採る組織なら、研究至上主義でいい。でも私が教えてきたのは4年で大学を卒業する子や修士2年で企業に入る子が大多数。将来を考えて学問的な体力や素養をつけてあげないと、社会でやっていけないじゃないですか? それに社会からもイイ学生を育ててくれって期待されてると思うんですよ、大学が大学を名乗る以上は!」
〈大学には答えのない最高の問題がある〉〈理系こそ国語と英語〉等々、常識をいい意味で裏切る斎藤氏の新常識が、一部の高校生や浪人生に的確に響く光景は、見ていて頼もしい限りだ。
「イイ学生は素直なんです。
例えば私の化学英語の講義の原型は早大生時代に受けた工業英語にあります。必修ではないものの受けてみたら、受験英語やTOEICとも全然違う、理系の論文作成や理解に役立ちそうな英語で、実際、役に立ったんです。だからそれを学生にも教えてあげなくてはと思ったのですが、面倒で誰もやりたがらない。だからまた言い出しっぺの私がやることになり……。留学もしたことがない私が、今じゃ日本工業英語協会会長ですよ(笑い)。
 そんなふうに若い頃から恩師の影響をモロに受けてきたので、人は素直なほど伸びると、私が証明しているようなものです(笑い)」
専門外の化学英語を教え、新入生合宿の引率にも全力で臨む〈ベストティーチャー賞〉受賞者でもある著者は、講義中に繰り出すダジャレも含め、全てはサービス、、、、だと言う。
「留年とかカルトへの入信とか、いろんな事件が起きるのが大学です。最近は友達が作れない子もいるから、交友の場を合宿で用意してあげるのもサービスです。これも全ては、この大学に来て本当によかったと思ってほしくてやっています。
 偏差値だけで安易に進路を決めるなとか、時間がかかってでもしっかり基礎学力をつけるべきだなんて、私の時代は誰も言ってくれなかった。だから今の子には、言ってあげたいんです」
 自分が受けた恩や、受け得なかった恩も次代に返す。そんな思いの連関が、今後も教育の歴史を紡ぐと信じたい。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年7.24号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/10/06)

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