現代人気作家の競演! 『源氏物語』オマージュ作品4選
これまで、名だたる作家たちによって現代語訳されてきた『源氏物語』。『源氏物語』というと、一見敷居が高い、長くて難しそうと、敬遠してきた人にこそおすすめしたい、現代作家によるオマージュ作品4選をご紹介します。
これまで、名だたる作家たちによって現代語訳されてきた『源氏物語』。近年では、大河ドラマ『西郷どん』の原作者でもある林真理子が、小学館発行の雑誌『和楽』にて、現代版『源氏物語』の連載を始めたことが話題を呼びました。林真理子は、『和楽』(2019年2・3月号)にて、“本を読まないと言われる世代の人にこそ、千年前に書かれたこの物語の面白さを味わってほしい”と語っています。『源氏物語』というと、一見敷居が高い、長くて難しそうと、敬遠してきた人にこそおすすめしたい、現代作家によるオマージュ作品4選をお届けします。
1、現代の恋愛小説を読むような面白さ~林真理子『STORY OF UJI 小説源氏物語』~
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/409406589X/
今、都で評判の貴公子といえば、匂宮と薫ということになっていた。誰が考えても女の生き方など二つしかない。男の庇護の下に生きていくか、それか尼になるかだ。年頃の娘がいる家では、勘違いも激しく、どちらかに嫁がせたいと切望しているのであるが、(娘が)あまりにもたやすく自分になびき、深く執心を見せるようになると(貴公子の)気持ちが冷めてしまうのが常であった。
ゾクゾクするつかみです。「重い」女性に結婚を迫られると逃げ腰になる男性心理、娘の婚活に躍起になる両親というのは、そのまま現代の私たちにも通じるところでしょうか。
「林真理子版源氏」の特徴は、和歌や有職故実など、現代人にとってピンと来ない部分は大胆に省き、複雑になりがちな登場人物を整理し、恋愛・結婚という、私たちがもっとも知りたい箇所にフォーカスして描かれている点です。
この匂宮と薫は、それぞれ光源氏の息子と孫で、ふたりはよき好敵手。真面目で堅物の薫と、好色で自信家の匂宮。性格は対照的でも、簡単に手中に落ちる女性には全く食指が動かされないという点では共通しています。
都から遠く離れたところに、世間に全く気づかれない美女が住んでいる……というのは男なら誰でも夢想することであるが、こんなことが本当に起ころうとは思わなかった。気のきかない田舎じみた女だろうと内心馬鹿にしていたのだけれど、都にもまずあれだけの姫はいない。
本作のヒロイン、浮舟と呼ばれる姫君です。自分は貴公子と釣り合う身分ではないと頑なに拒む浮舟を口説き、先手を打ったのは薫でした。しかし、匂宮もライバル心から、浮舟に猛アタック。浮舟は薫と匂宮の両方と契りを結び、ふたりの間で心を激しく揺さぶられます。「貞女二夫にまみえず」の時代、苦悩の末に、思い詰めた浮舟は、前代未聞の行動に出ます。それは次のうち、いったいどれでしょうか?
② ふたりのうち、より位の高い匂宮を選び、したたかなシンデレラ・ガールとなる。
③ 肉欲や苦悩と決別するため、周囲の反対を押し切り出家を決意。剃髪して尼になる。
④ 自らを罪深い存在だと思い、川に身を投げ入水自殺。わが国のオフェーリア姫となる。
④を企てるも未遂に終わり、結果的に③にたどり着くというのが答えです。
また、林真理子の他の源氏作品として、『六条御息所 源氏がたり』(全三巻)も併せておすすめです。
2、肩の凝らない読みやすさ~角田光代『源氏物語(上・中)』~
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/430972874X/
本作は、『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』に収められており、今回紹介する作品群のなかでは、一番原作に忠実な訳といえます。といっても、堅苦しいものだと身構える必要はありません。訳者の角田光代は、2017年6月28日河出書房新社での講演で、
私は、今まで源氏に何の思い入れもなかった。そんな私の訳に求められているのは、プレーンな文体や、読みやすさだと考えて執筆した
と語っています。
では、「角田光代版源氏」のなかから、光源氏が実の娘のように可愛がる姫君に、恋愛指南する場面の台詞を見てみましょう。
そんなに深い心からでもない、花や蝶にかこつけて、男から送られてきた手紙には、焦らして返事をしないほうがかえって男の気持ちをそそることもある。返事をしないまま、男が忘れてしまうならそれはそれでいいではないか。何かのついでのようないい加減な手紙に、すぐに返事をしてしまうなんてことはしないほうがいい。手紙を送ってくる人たちについては、よく相手を選んで返事をするように。
メールの返信はすぐしないで相手を焦らす、そう簡単に自分を安売りしない――。まるで、現代の女性誌のモテ特集のようだと思いませんか? これを読んだ私たちは、手紙からケータイへとどれだけ科学技術が発達しても、人が駆け引きする際の心理は、根本的には変わらないと感じるはずです。また、「返事をしないまま、男が忘れてしまうならそれはそれでいいではないか」という、さっぱりした考え方には、これまで、男抜きの自己充足的な小さな幸せとでもいうべき女性の生き方を肯定的に描いてきた訳者・角田光代らしさが表れています。
さて次に、光源氏が男友達と結婚問題について語り合うシーンを見ていきましょう。
通りいっぺんの恋人なら難がなくても、妻として頼りになる女を選ぼうとすると、なかなか決められないものですよ。妻の仕事としていちばんだいじなのはなんですか、夫の世話でしょう。たとえばですよ。容姿もみごとで若々しい女がいたとします。やさしくて女らしいと思うと、そういう女は情緒にこだわりすぎて、変に色めいてくる。これがまず難点ですよ。いつもは無愛想で親しみを感じられない人が、何かの時に、てきぱきものごとを片づけてくれると、さすがだと思うこともありますしね。こんなふうに考えると、家柄の良し悪しも関係ないでしょうし、顔かたちなんかもなおのこと論外ですな。
現代の結婚前の男性たちの居酒屋談義とそう変わらないではありませんか。彼女にしたい女性と奥さんにしたい女性は違うとは、よく言われることですが、千年前の人も同じことを考えていたのですね。現に、光源氏の正妻、しっかり者の姉さん女房・葵上などは、典型的な「奥さんにしたい」タイプの女性でしょう。ただし、一夫多妻制の時代、光源氏は「彼女にしたい」タイプの女性も、しっかりキープしておくところが憎いと言えばそうなのですが。
角田光代が、小説の執筆を数年間やめ、訳に専念した上・中・(下は今後刊行予定)からなる大作ですが、「読むぞ」と変に気負わず、角田光代の他の小説を読む感覚で手に取ってみてはいかがでしょうか。
3、豪華絢爛読み比べ!~『源氏物語 九つの変奏』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101339627/
次に紹介するのは、現代を代表する作家たちが、それぞれお気に入りの『源氏物語』を一章ずつアレンジするという企画の短編集です。内容は、江國香織「夕顔」、角田光代「若紫」、町田康「末摘花」、金原ひとみ「葵」桐野夏生「柏木」など、豪華なラインナップ。
ではここで、次にあげるのは、上記のどの作者の手による、どの姫の描写か分かりますか?
① 恐る恐る横目で見て、どひゃあ、と思ったのは鼻。動物園の象くらい長い。ぴゅー、と伸びて先の方が、くにゅ、と垂れ下がり、先端が赤い。論外である。そして衣服。人の衣服のことをあげつらってファッションチェックする人は、自分のセンスがよいからそうする権利があると思っているからで、衣服のことを言いたくないが、認識はしてしまった。ああ、ううっ、どっひゃあ。交通事故のような醜さだ。
② 男の願うようなだれかになり果てることに、彼女はおそれも迷いもない。それで自分がこの場所に、この美しい男とともに居続けられるならば、進んでそのだれかになり代わりたいとすら思う。けれど、もしかして自分には選択権などなかったし、これからもないのではないかと思うと、空恐ろしくなる。
③ 光源氏の思い詰めようは常軌を逸していて、女としてそれが嬉しくなかったといえば嘘になる。嘘にはなるが、同時にそれは彼女を怯えさせた。彼女は、あとは余生と思い定めて暮らしているのだ。光源氏にしてみれば、彼女は、彼が日頃接している上流の女たちの誰とも似ていない。素直であどけなく、それでいて男をまるで知らないふうではない、知っていることを隠そうともしない。体がやわらかいこともよかった。促せばほとんどどんな恰好にでもなるのだ。
④ 産婦人科の待合室にいる光。見ているこっちが落ち着かない。
「あ、俺は立ち合い出産はてきないよ」
「いいよしなくて。インポになるんでしょ?」
「なる人もいるって言うね」
「それは困るし。あー、酢飯食いてえ」
「最近、酢飯酢飯って言ってたの、妊娠のせい?」
妊娠も中期に入ったのにいつまで経っても慣れない光の態度に、ガキっぽさを感じて嫌になる。
⑤ 私が光源氏に降下したのはまだ十四歳のとき。光源氏様はすでに御年四十歳を迎えられ、祖父と言うには早いですが、夫としては歳を取り過ぎておられました。(光源氏以外の男と不義密通したことがばれてしまったのですが、)光源氏様の叱り方は、お上手でした。決して芯をお突きにはならないのです。決して(私の相手の)お名前を出したり、何が起きたなどと肝心のことは言わずに、ねちねちと周りからお責めになるのです。いいえ、と否定しながら、私は泣くしかありませんでした。
答えは、➀町田康「末摘花」②角田光代「若紫」③江國香織「夕顔」④金原ひとみ「葵」⑤桐野夏生「柏木」でした。自分の好きな作家だけ、あるいは、気になる章立てだけを読むという楽しみ方もよいかもしれません。
4、ゴシップ記事をのぞき見するような痛快エッセイ~『源氏姉妹(しすたあず)』~
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4103985097/
最後に、小説は手に取りづらいけれど、『源氏物語』のことを知りたいという読者向けに、軽めのエッセイを紹介します。
ここでいう「姉妹」とは、一人の男、すなわち光源氏と関係を結んだ姫たちを、疑似姉妹的にとらえて名付けたもの。タイトルからしてキャッチ―ですが、中身も、『源氏』の性愛に焦点を絞った、多分にゴシップ的なものになっています。現代の清少納言ともいうべきエッセイスト・酒井順子の鋭く、かつ、妄想ぶったぎった筆にかかれば、姫たちはこんな風に……。
② 好き者のエロババがこの時代にもいた! AVの熟女物か?!
③ ブスキャラにして鈍感力、自らの道化っぷりに全く気付かず
④ セックスレスでも、かいがいしく旦那の世話をする。最高に都合のいい女
⑤ 義理の息子と「ヤッちゃった」AVのようにエロい義理のママ
⑥ 浮気された女の恨みは、いつの世も男でなく女へ向う。嫉妬深さが招いた連続殺人事件
それぞれどの姫を指しているかわかりますか? 答えは、➀夕顔②源典侍③末摘花④花散里⑤藤壺⑥六条御息所でした。ワイドショーを見るような、ゲスな愉しさがあること、請け合いです。
また、本作の特徴として、作品の巻末に「シスターズ座談会」と称して、現実には面会することなどなかった源氏の女たちが一堂に会し、酒井順子の妄想により、女子会を開くという設定になっていることです。源氏をめぐる女たちが集ったら、互いにマウンティングのし合いで修羅場と化すか、はたまた意外に源氏の悪口でガールズトークが盛り上がるのか……それも、正解は作品でたしかめてみてください。
おわりに
以上、現代作家によって新しく蘇った『源氏物語』をみてきました。千年のときを経ても、人の心ってそんなに変わるものではないのかもしれません。学生時代、古典は文法がややこしく、高尚で退屈なものと思っていた読者の皆さん、今こそ『源氏』にトライしてみてはいかがでしょうか?
初出:P+D MAGAZINE(2019/05/13)