今月のイチオシ本 【エンタメ小説】

『傲慢と善良』
辻村深月

朝日新聞出版 本体1600円+税

 婚約者の坂庭真実が、西澤架のもとに泣きながら「助けて」と電話をかけて来たのは二ヶ月前だった。実は真実はストーカー被害に遭っていて、そのストーカーが自分の部屋に上がり込んでいるみたいだ、と。その夜以来、架の部屋で寝泊まりするようになった真実が、ある日突然姿を消してしまうところから、物語は始まる。

 真実の身に何か起こったのか。もしや、ストーカーに連れ去られたのではと、架は警察にも足を運ぶ。だが、事件性は低いと判断されたばかりか、真実がストーカーと一緒にいる可能性さえ示唆されてしまう。真実を案じる架は、件のストーカーを突き止めようと独自に動き出すのだが、調べていくほどに意外な事実が明らかになっていく。真実は何処に消えたのか。そして、何故消えたのか。

 物語が進むにつれ明らかになっていく真実の過去──実家にいた頃、結婚相談所にも通っていた、等々──も張り詰めた緊張感があるのだが、それ以上に、そもそも、恋愛とは、結婚とは何なのか、どうして男女間ではその捉え方が異なってしまうのか、というあたりまで、深く切り込んで描かれていて、ぐいぐいと読者を引き込んでいく。

 タイトルの「傲慢と善良」というのは、真実が通っていた結婚相談所の所長が、架に語る言葉だ。

「現代の結婚がうまくいかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」

 本書は、その「傲慢さ」と「善良さ」を余すところなく描き出してみせている。そこから目を背けるのではなく、一人の人間のなかに「在る」こととして、それを否定しない。責めない。何故なら、その二つは、常に当事者自身に跳ね返ってくることでもあるからだ。

 さらに、本書ではその「傲慢さ」と「善良さ」の先にあるものにまで光を当てているのだが、それが本当に素晴らしい。辻村さんだから描けた"光"である。どちらかといえばアンダーなトーンの物語であるのに、本書の読み心地が重苦しくないのは、そのためである。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2019年4月号掲載〉
◎編集者コラム◎ 『絵草紙屋万葉堂 揚げ雲雀』篠 綾子
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第38回