今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『火神子 天孫に抗いし者』
森山光太郎

朝日新聞出版 本体1400円+税

 朝日時代小説大賞は、第一〇回での休止が発表された。最年少の二七歳で最後の受賞者となった森山光太郎は、同賞の第七回、第八回でも最終候補になった実力派で、デビュー作の題材は古代史の最大の謎とされる卑弥呼(火神子)だ。

 卑弥呼を取り上げると、邪馬台国が九州か畿内かの論争になりがちだが、著者は卑弥呼が誕生するまでを丹念に追うことで、今までにない物語を紡いでいる。

 本書は『古事記』の神武東征のエピソードを換骨奪胎し、御真木(崇神天皇)の軍が、登美毘古が治める長髄の邑を襲う場面が発端となる。「天孫」を自称する御真木は、新たな国を作るため古きを知る勢力を滅ぼそうと殺戮を繰り返す。

 御真木の前に立ちはだかるのは、様々な知識を持つ老人・左慈と山奥で暮らしていた登美毘古の娘・翡翠命だった。

 弱き者を武力で屈服させる御真木と、自身が敗者の一族であるがゆえに弱者に寄り添う翡翠命の対立は、勝者が権力や富を独占する社会がよいのか、格差がなく誰もが平穏に暮らせる社会がよいのかという現代とも重なる問い掛けを示したといえるだろう。それだけでなく、三国時代の大陸の政治状況が古代日本に与えた影響を踏まえながら進むスケールの大きな展開の中に、歴史には時の政権の正当性を担保する危険性があることや、原点に立ち返って天皇制とは何かを議論するなど、元号が「令和」に変わった今だからこそ考えて欲しいテーマが織り込まれており、著者の確かな実力を感じた。

 しかし第一作目ゆえに、課題も散見される。御真木と翡翠命の追走劇と闘争が軸になることは分かっているのに、実際に始まるのは中盤を過ぎてからで、特に緊迫感を盛り上げる演出がないまま状況の説明が続くので、ページをめくらせるパワーが不足していた。また続編を暗示するラストは余韻を残すが、翡翠命の魅力と成長のプロセスが十分に伝わらないまま幕切れになったとの印象も強い。

 ただ着眼点やテーマ設定には非凡さがあるので、今後、著者が、谷津矢車、簑輪諒ら若手が群雄割拠する歴史時代小説の世界で活躍するのは間違いあるまい。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2019年7月号掲載〉
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第52回
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