今月のイチオシ本【警察小説】

『警視庁特殺 使徒の刻印』
吉田恭教
角川文庫

 謎解き探偵という言葉はよく目にするが、謎解き刑事というのはあまり見ない。刑事コロンボ系のキャラクターは意外に少ないもので、まして主人公が大藪春彦のヒーローばりのタフガイ刑事だったりしたらなおさらだ。本書はその難儀な設定に果敢に挑んだ「警察小説 × 本格ミステリのハイブリッド」である。

 佐倉智孝は警視庁捜査一課第四強行犯捜査第八係来生班──通称特殺の刑事だ。特殺とは特殊殺人捜査班の略称。何故か猟奇殺人や快楽殺人等特殊なケースばかり当たることからついた言葉だが、二〇一九年二月、彼が呼び出された町田市焼殺事件もその類だった。一戸建て住宅の焼け跡から発見された遺体は左手の拳をセメントで固められたうえ鎖でつながれていた。二週間後、府中市の放火現場からも同様の被害者が発見されるが、こちらは自分の左手を犯人から渡された鋸で切り落とし逃げ出していた。彼は「使徒にやられた」と洩らしており、背中にアルファベットの焼印が押されていた。

 最初の被害者は人望のある医師だったが、二人目は何と一〇年前に行方不明になった佐倉の妹・悦美の放置された車から見つかった毛髪とDNAが一致、佐倉は捜査から外される羽目に。彼は元刑事の犯罪ジャーナリストで友人の有働佳祐の協力を仰ぎ、単独捜査に乗り出す。

 それは明らかに佐倉の暴走だったが、元々彼は犯人検挙のためなら手段を選ばないタイプ。「罪を憎んで人も憎む」を座右の銘にこれまでにも職務規定破りを繰り返していた。では、彼と有働のコンビが無茶を始めるのかというと、著者はそこから日本屈指の商社の迎賓施設に舞台を移し、そこで起きる不可能殺人事件を描いていく。まさに先が読めない展開だが、著者がばらのまち福山ミステリー文学新人賞の出身、つまり島田荘司の薫陶を受けた本格ものの書き手であると知れば、この展開もうなずけようか。

 過去と現在、そして一見何のつながりもなさそうな焼殺事件と商社オーナー殺しがどう結びつくのか、そのアクロバティックな妙技に注目。佐倉&有働の相棒ものとしても今後の展開に期待したい。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2019年8月号掲載〉
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