今月のイチオシ本【デビュー小説】

『しゃもぬまの島』
上畠菜緒
集英社

〈しゃもぬまを知っているだろうか。/中型犬くらいの大きさの馬で、見た目はロバに似ている。/体毛は薄橙色がかった灰色で、ところどころ色にムラがある。(中略)/人の言うことは聞かない。荷を引いたり、人を乗せたり、そういったこともしない〉

 ──というのが第32回小説すばる新人賞を受賞した上畠菜緒の『しゃもぬまの島』の書き出し。何の役にも立たない動物のようだが、〝しゃもぬま〟は、原生地の島では重要な二つの役割を担う。一つは、果樹園の下草を食べて糞をし、肥料に変えること。もう一つは、〝死んだ人を弔うこと〟。しゃもぬまは、人間より〝ずっと徳の高い生物で、死んだら天国に行くことが決まっている〟。稀に、死期を悟ると誰かの家を訪れ、人を天国に導くことがあるという(沙門馬?)。

 語り手の祐は、その馬がいる島で生まれ育ち、今は港町のアダルト系出版社で下っ端編集者兼雑用係として働く20代の女性。心身ともに疲弊した日々を送る祐のアパートに、ある夜更け、慎み深く丁寧なノックの音がする……。

 こうして、小説は、しゃもぬまと同居する祐の現在と、島にいた頃の回想とを行き来しながら、ゆるゆると進んでゆく。独特の高級な夏みかんが生る果樹園を経営し、島の土地のほとんどを所有する菅家と、その菅家の令嬢で、子供の頃から祐の親友だった紫織との関係。アダルト雑誌に連載している老作家と交わした奇妙な約束。そして、しゃもぬまはいったい誰を天国に連れていくのか?

 エブリデイマジックとも寓話とも不条理小説とも百合ファンタジーともつかない独特すぎるタッチが強く印象に残る。

 選考会では北方謙三と宮部みゆきがその〝奇妙な魅力〟にハマり、〝ラジカルな爆推し〟の挙げ句、長時間の激論になったとか(最終的に、佐藤雫『言の葉は、残りて』と2作受賞)。「未完成でありながら異常な才気を感じさせる」(五木寛之)とか、「比べられなさ」(村山由佳)が決め手とか、とにかく作家性が高く評価されている。著者は1993年、岡山県生まれ。楽しみな才能の登場だ。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2020年5月号掲載〉
◎編集者コラム◎ 『僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く』桐衣朝子 挿絵/キリエ
◎編集者コラム◎ 『からころも 万葉集歌解き譚』篠 綾子