今月のイチオシ本【歴史・時代小説】
馳星周の初の歴史小説『比ぶ者なき』は、名家の出身ながら政治的には不遇だった藤原史(後の不比等)が、なりふり構わず上を目指すノワール色の強い作品だった。続編となる本書は、前作に登場した不比等の宿敵・長屋王と、不比等の薫陶を受けた息子たち(藤原四兄弟)の暗闘を描く宮廷陰謀劇になっている。
皇親が政治を主導する社会の復活を目指す長屋王は、藤原氏による政治の独占を狙う長兄・武智麻呂の野望をくじくため、二男の房前、三男の宇合に近付き、四兄弟を分裂させる布石を打っていく。
一方、玉座に就いた首(聖武天皇)の情愛を利用する武智麻呂は、藤原氏出身の母の尊称を前例のない大夫人とし、皇族ではないため皇后になれない妻の安宿媛を立后するなど、律令に反する勅を出す首を支えることで、法を遵守し諌言を繰返す長屋王と首の間を裂こうとする。
情実によって法の解釈や運用法を変えて有利なポジションを得ようとする武智麻呂と、法は天皇さえ縛ると捉え上に疎まれても厳格に運用しようとする長屋王の対立は、現代日本の政治状況や組織のガバナンスの問題とも重なるだけに、日本人にとって、あるいは組織にとって法による統治とは何かを考えさせられる。
武智麻呂が、既存の枠組みを破壊し、藤原氏が最も活躍できるプラットフォームの構築を目指すところは、ビジネス小説としても示唆に富んでいる。
著者は、長屋王追い落としの陰謀を指揮する武智麻呂ではなく、野心はあるが兄たちより出世が遅れている末弟の麻呂を軸に物語を進めることで、計画の全貌を見えにくくし緊張感を高めていた。
また安宿媛が首の子を妊娠してからは、安宿媛の母で不比等と共に謀略を進めた三千代が四兄弟とは異なる独自の動きをし始めるので、歴史の流れを知っていても最後までスリリングな展開が楽しめる。
権力の掌握に全勢力を傾けた藤原四兄弟だが、天然痘の大流行で人生が暗転する。本書の刊行が新型コロナウイルスの流行と重なったのは偶然だが、死が予見できない人間はどう生きるべきなのかを突き付けるラストは、強く印象に残る。