今月のイチオシ本【ノンフィクション】
『マル農のひと』
金井真紀
2020年は新型コロナ流行の年として歴史に残るだろう。外出、会食、人との接触を自粛せよ、という通達が出たとき、どんな生活になるか不安しかなかった。
不思議なものでそんな生活に慣れるうち、日本中から名産を取り寄せたり、庭やベランダで家庭菜園を作ったりして食材にこだわる人が増えてきた。農業に魅力を感じた人も多いのではないだろうか。
本書はイラストレーターで文筆家の金井真紀が3年の期間をかけて、自ら「レジェンド」を名乗る一人の果樹栽培革命家を追いかけたルポルタージュである。
主人公の道法正徳さんは1953年生まれ。広島のミカン農家に生まれ、大学卒業後、JA広島果実連に入り、ミカン栽培の技術指導員になった。
「どうしたら1円でも高く売れるミカンができるか?」を考え、果樹試験場で習ったり先輩から教わったりした方法を取り入れ指導に当たっていた。
最初の疑問はせん定だった。日当たりが良ければ甘くなる、と考え上部の枝を落とすのが基本。しかし翌年になると実らなくなる。なぜだろうと考え出した。
次の疑問は除草剤だ。開花を早くするための除草剤散布と教えられていたのに、撒かなくても開花時期は変わらない。毒性の強い除草剤散布の意味を考え始める。
他にも土壌分析や植物学の基礎を学ぶうち、道法さんは科学に則った独自の栽培方法を編み出す。それは他の技術指導員の反発を招き、組織から排斥されることになる。だが彼はめげなかった。
植物自身が気持ちのいいようにすくすく育てる。その上で人間が少し手を貸せば、収穫量が上がるのは当たり前だ。
今では「流しの農業技術指導員」という道法さんは、指導の依頼があればどこにでも駆けつける。独特の広島弁と下ネタトークで日本だけでなく世界中に無肥料、無農薬の農法を伝道しているのだ。
後半に紹介されているのはこの道法農法に惚れ込んだ人たちだ。少々変わり種だが農業に革命を起こそうと日々努力を怠らない。農業は科学だと改めて思う。
この農法、家庭菜園にも応用が利きそうだ。本当に農業って面白い。
(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2020年12月号掲載〉