今月のイチオシ本 歴史・時代小説 末國善己

『茶筅の旗』
藤原緋沙子
新潮社

〈隅田川御用帳〉や〈藍染袴お匙帖〉などの人気シリーズを手掛ける藤原緋沙子の新作は、宇治で碾茶を生産する御茶師という珍しい題材に着目している。

 江戸初期。将軍家の茶道指南であり、宇治の御茶吟味役も務める古田織部が認めた朝比奈家の一人娘・綸は、父が病がちなこともあり、御茶師の修業を本格化させていた。綸は織部の高弟・小堀遠州に秘かな想いを寄せたまま、宇治の代官上林家の息子・清四郎を婿に迎える。

 作中には、茶畑の管理、季節労働者を大量に雇っての茶摘み、茶葉を碾茶にするまでの工程だけでなく、それぞれにかかる経費も丹念に描かれており、技術ものや、ビジネス小説としても興味深い。

 将軍家、公家、大名家などに碾茶を納める御茶師は、織田信長、豊臣秀吉らに認められることでその名を高めたため、権力者が代わる時には逆風にさらされた。折しも天下人になった徳川家と、関ヶ原の合戦に敗れたといえ隠然たる力を持つ豊臣家の対立が激化。宇治でも、秀吉への恩義から豊臣に付くか、権力を握った徳川に付くかで意見が割れていた。

 御茶師は政治と深く結び付いていただけに、なぜか織部が徳川家に疎まれ、徳川家に仕える遠州が織部から距離を取るようになったことが、宇治と朝比奈家にも影を落としていく。そのため家を継いだばかりの綸と清四郎は、難しい舵取りを迫られる。遠州と朝比奈家の微妙な関係は、綸の恋心、綸を誰よりも理解する清四郎との夫婦仲にも影響を与えていくので、政治ドラマと恋愛小説が渾然一体となったスリリングな展開が楽しめる。

 支配体制を固める徳川幕府は、御茶師を格付けして管理を進めようとする。御茶師は製法を公開して品質向上をはかってきたが、格付けが始まると、製法を秘伝にして上に行くなど、自分の利益だけを考える御茶師が現れるかもしれない。

 幕府の格付けで御茶師のコミュニティーが分断されていく終盤は、政治の無策が格差を広げた現代への批判に思えた。この困難に、プロの矜持と人情で立ち向かう綸たちは、誰もが身近な武器で社会の矛盾と戦えると気付かせてくれる。

(文/末國善己)
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