今月のイチオシ本【歴史・時代小説】 末國善己

『信長を生んだ男』
霧島兵庫
新潮社

 近年、谷津矢車、大塚卓嗣、簑輪諒ら歴史群像大賞出身の若手歴史小説作家が目覚ましい活躍をしている。『甲州赤鬼伝』でデビューした霧島兵庫も、同賞を受賞した一人である。今後の成長が期待される著者の二作目となる本書は、織田信長の弟・信行という珍しい題材に挑んでおり、確かな実力が分かるだろう。

 信行といえば、信長を嫌った母の土田御前に溺愛された軟弱者、あるいは信長の先見性が理解できず叛旗を翻した愚将として描かれることが多かった。ところが本書では、堅実かつ現実的な作戦を立てる名将にして、必要なら暗殺や陰謀も用いる謀将として信行を描いている。

 信長が自分に叛いた信行の子・信澄を重用した理由は。なぜ信長の傅役・平手政秀は切腹したのか。なぜ信長の正室・帰蝶は歴史の表舞台から忽然と姿を消したのか。著者は、信行を軸にすることでこれらの謎に説得力のある回答を示しており、その斬新な解釈にも驚かされた。

 父には認められず、母の愛を呪縛と考えていた信行と、反対に父に愛され、母に疎まれていた信長は、幼い頃から反発し合っていた。そんな時、帰蝶が信長と結婚する。自分の兄弟が憎しみ合っていた帰蝶は、信長と信行の仲を取り持とうとする。やがて信行は、信長の政治のビジョンに衝撃を受け、信長も、信行の将としての才能を認める。和解した兄弟は、車の両輪となり、同族も重臣も信頼できない尾張で国の統一を目差していく。

 そんな兄弟が、なぜ再び対立したのか。著者は、主君の威信を傷つけることなのに平手政秀の諌言を他の武将の前で聞き、叛乱を起こした者を寛大な処分で済ませるなど、信長は情に厚かったとする。そこに信長の弱点を見た信行は、信長を成長させるために策略をめぐらせたというのである。それだけに、タイプこそ違うが将としては天才的な信長と信行が、戦略・戦術の両面で激突するクライマックスの迫力には圧倒されるはずだ。

 信行は、出世も名誉も求めず、歴史に汚名を残す覚悟で信長に真に大切なことを伝えようとする。この純粋さは、功利主義がはびこる現代への批判に思えた。

(「STORY BOX」2018年2月号掲載)

(文/末國善己)
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