今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『三成最後の賭け』
矢的 竜
新潮社

 かつては傲慢、非情、戦下手などの悪評が高かった石田三成だが、最近は清廉な武将として人気が高い。本書も、斬新な歴史解釈で三成を再評価している。

 天正八(一五八〇)年、三成は、主君の羽柴秀吉から小西行長の接待を命じられた。元商人の行長を侮っていた三成だが、同世代で海外の事情にも詳しい行長と意気投合し、深い友情で結ばれる。

 それから五年、秀吉が朝鮮出兵を口にし始める。これを徳川家康が豊臣家を弱体化させるための策略と確信した三成は、行長と連携し計画の阻止に動く。

 三成は、大義がなく、豊臣家の評判と財政基盤を揺るがす海外派兵を中止に追い込みたいが、絶対的な権力を握り、老いて思考の柔軟性も失った秀吉は、三成の忠告を聞かず朝鮮出兵へと突き進む。

 組織に属していると、いつパワハラ、セクハラ、サービス残業などの法令違反に直面するか分からない。組織の過ちに気付いた三成が、面従腹背しながら間違いを糺そうとする展開は、不正を知った時に、良心に従って告発すべきか、それとも生活を守るため長いものに巻かれるかの問い掛けになっているので、生々しく思える読者も多いのではないか。

 三成と行長が、難しい政治工作と外交交渉を進めるところは、国際謀略小説を読んでいるような興奮がある。だが秀吉は翻意せず開戦が決まる。それでも三成は諦めず、早期和平の道を模索し、野望のため海外派兵を利用した家康の非を知らしめる乾坤一擲の勝負も考えていた。

 著者は、開戦当初は破竹の勢いで進軍するも、海戦に敗れて制海権を失い、補給不足で苦境に陥った朝鮮出兵を、同じプロセスで敗北した先の大戦と重ねているように思えた。前線で非戦闘員までが虐殺され、食糧が略奪されるのを見た三成は、この悲惨さを指揮官が目にしていれば状況は変わっていたと思い、秀吉の渡海が中止に追い込まれたことを嘆く。

 現代も戦争をまったく経験していない世代の政治家が、功名心にはやり観念的に戦争を語っているが、三成の懸念は、その先に悲劇が待ち受けている可能性があることに気付かせてくれるのである。

(文/末國善己)
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