今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『星空の16進数』
逸木 裕
角川書店

 母親との折り合いが悪く、いまは学校を辞めてウェブデザインのアルバイトをしながらひとりで暮らしている十七歳の藍葉。ある日、「私立探偵」だという森田みどりが訪ねてきて、バッグから白い封筒を取り出す。なかには百万円の札束が。心当たりのないこのお金を用意した人物はいったい誰なのか──。

 逸木裕『星空の16進数』は、先を読ませない巧みなストーリーテリングで注目を集める新鋭の三作目となる長編だ。

 ひととのコミュニケーションが不得意な反面、色彩感覚の鋭い藍葉は、身の回りの色をウェブデザインで使う十六進数の指示「カラーコード」で表現する少女だ。たとえば「赤」は#FF0000といった呼び方になり、タイトルをひと際魅力的にしている"16進数"は、作品のモチーフである「色」、そして彼女の感性を表したものだ。

 前述の謎でたちまち読者の興味を惹き、進み始める物語だが、序盤からさらに驚きの展開が用意されている。じつは藍葉は六歳のときに雨の日の路上で誘拐された過去があった。犯人は、主婦の梨本朱里。不妊による苦悩から、母親に置き去りにされていた藍葉をさらってしまうが、事件は二時間ほどで解決。藍葉は、百万円の送り主が朱里ではないかと考え、みどりにこのお金を使って朱里を探し出して欲しいと依頼をする。

 私立探偵のみどりは、第三十六回横溝正史ミステリ大賞を受賞したデビュー作『虹を待つ彼女』にも登場したキャラクターだ(時系列でいうと本作は『虹~』より前のエピソードになる)。

 ひと捜しというオーソドックスなディテクティブ・ストーリーながら、臆することなく真相を追い求めてしまう危うい探偵の「業」が垣間見えるみどりのパート。誘拐されたときに経験した「色」にまつわる鮮烈な記憶を探りながら、少しずつ成長していく藍葉のパート。ふたつの流れが収斂し、たどり着く結末は、謎が解ける爽快感だけでなく、ひとがそれぞれ持つ個性、そして成長によって得た視野の拡がりを温かく称えた、じつに美しいもので忘れがたく胸に残る。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2018年9月号掲載〉
鬱から回復する過程を綴る『知性は死なない 平成の鬱をこえて』
伝統芸能に魅せられる