今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『死者の雨 ─モヘンジョダロの墓標─』
周木 律
新潮社

 スケールの大きな──という表現は、謀略サスペンスや冒険小説を評する際に用いられることが多い。だが、周木律『死者の雨 ─モヘンジョダロの墓標─』は、本格ミステリーながら異例ともいえる、まさに"スケールの大きな"謎解きが繰り広げられる作品だ。

 駆け出しのフォトグラファー──森園アリスは、日系の人工知能学者であるヒュウガ博士から撮影の依頼を受け、インダス文明最大級の都市遺跡「モヘンジョダロ」で知られるパキスタンへ向かう。ところがそこで、博士が一週間前に心不全で亡くなったことを知らされ、さらに博士とかかわりのある、シンガポール、日本、インド、イタリアの学者たちが、ほぼ同時期に不審な死を遂げていることが判明する。アリスは博士の助手であるコウとともに調査に乗り出すが、行く先々で"あの男"と遭遇することに……。

 本作は『アールダーの方舟』(のちに『雪山の檻 ─ノアの方舟調査隊の殺人─』と改題、文庫化)に続く、無神論者の天才学者──一石豊が探偵役を務めるシリーズの第二弾だ。

 前作では極寒のアララト山を舞台に限定空間で起こる連続殺人事件が描かれたが、本作では五つの国を股に掛ける大規模な物語にスケールアップ。各国の学者の死それぞれに、海洋学、民族学、宗教学、言語学を絡ませ、推理劇とあわせて知的好奇心を大いに刺激する巧みな構成も読みどころだ。

 そして終盤、事件の全容とあわせて開陳される、インダス文明の正体と滅亡の真相には、驚き仰け反ること必至。さらに最後の最後までサプライズが用意されており、とくに一石が解き明かす犯人の計略のひとつには、なぜそれを見抜けなかったか──と地団駄を踏んでしまった。

 一石が「宿痾(カルマ)」と唾棄する、ひとよりも遥かに抜きん出た"ある能力"が重なるラストも、壮大な時の流れや動き続ける世界にページを閉じたあとも思いを巡らせたくなり、じつに印象的だ。

 第四十七回メフィスト賞受賞作『眼球堂の殺人~The Book~』でのデビューから五年、周木律の筆はますます好調だ。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2018年11月号掲載〉
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