『タングル』刊行記念 真山 仁 ブックガイド
その一つは、本土とは比べものにならないほど高い子供の貧困率である。この背景には、先の戦争で家族を失い行き場のない子供を保護するため一九四七年に児童福祉法が作られたが、アメリカ占領下の沖縄では日本の法律は適用されず、日本に復帰した一九七二年には、経済成長した本土では児童福祉は国の課題ではなくなっていて、児童福祉の枠から取り残された沖縄は本土との溝が埋まらなかった流れがある。本土と沖縄の政治的、経済的な断絶が原因という意味では、貧困と在日米軍基地問題は無関係ではないのである。
もう一つは、日本の安全保障である。日本はアメリカから高額な戦闘機を買っているが、自衛隊のパイロットは軍事機密に守られメカニズムがよく分からないまま操縦しているという。そして安全保障をアメリカに依存している日本は、必要か否かではなく、アメリカの国内事情で製造される武器を買わされている現実があることまでが暴かれている。
沖縄の本土復帰から五〇年の節目で、敵地攻撃能力の保有の議論、防衛費のGDP比2パーセントを目指す大幅増額に転換した年に、『墜落』が刊行された意義は大きい。
『墜落』は、ロッキード事件を追ったノンフィクション『ロッキード』を書いたことが、執筆する切っ掛けの一つになったようだ。一九七六年にアメリカのロッキード社が、ジェット旅客機を売るため各国の政府高官に賄賂を贈ったことが明らかになり、その金が日本の政界にも流れ、人気があった元首相の田中角栄が受託収賄と外為法違反容疑で逮捕された(起訴され有罪判決を受けるも、被疑者死亡で公訴棄却)。著者は田中角栄らの逮捕で決着したとされた事件を膨大な資料と多くの証言を使って再調査し、知られざる真相に迫った。事件の背後に、自民党一党支配の功罪、熱しやすく覚めやすい国民感情に左右される検察の捜査、対米追随を続けた戦後政治の闇があったとされるが、これらの状況は現在も変わっていないので、ロッキード事件を知ると日本の現状も見えてくるのである。
『ロッキード』
文藝春秋
近年の著者は、九九パーセントの確率で依頼人を当選させる凄腕の選挙コンサルタント聖達磨が、人気の現役市長の当選を防止するため対立候補を擁立し、盗聴、脅迫、泣き落としなど何でもありの選挙戦を繰り広げる『当確師』、総理大臣が表明した開発計画を批判した少年の夢のため、聖が、支持率が高い総理を落選させる困難に挑む続編『当確師 十二歳の革命』、米英中などの大国が豊富な地下資源を狙う東南アジアの国メコンで、有力政治家の息子ピーターと憲法改正反対のデモをしている日本人の大学生・犬養渉が、民主化運動のうねりに巻き込まれていく『プリンス』など、ポピュリズムが民主主義を破壊するとの懸念に応えるかのように、民主主義とは何かを問う作品を発表している。
『当確師』
中公文庫
真山仁の作品は、企業買収、政治、震災復興、選挙など題材は多彩だが、徹底したエンターテインメントの中に、日本が抱える社会問題を織り込んでいる。そのため楽しみながら、日本の現状を知り、何を改革すべきかも学ぶことができるのである。
(文・末國善己)
『タングル』
真山 仁