採れたて本!【国内ミステリ#01】
ある一家の年代記のスタイルで描かれたミステリ小説といえば、海外ではドロシイ・ユーナック『法と秩序』やロバート・ゴダード『リオノーラの肖像』、日本では桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』や佐々木譲『警官の血』といった名作が思い浮かぶ。二○一四年に『サナキの森』で第一回新潮ミステリー大賞を受賞してデビューした彩藤アザミの最新作『不村家奇譚─ある憑きもの一族の年代記─』は、タイトル通り、憑きもの筋と呼ばれた不村家の戦後から近未来に至る歴史を綴ったホラー・ミステリであり、主人公が異なる複数のエピソードから成る年代記ミステリでもある。
東北の山奥にある旧家・不村家の女性は、村人たちのお産を代々診ており、必ず安産になると評判だったが、それは「水憑き」の霊験によるものだという。また、不村家には「あわこさま」と呼ばれる霊が棲んでいて、数代に一度、常人にはない才覚を授かる代わりに、躰の一部を「あわこさま」に喰われた状態の子供が生まれるとも伝えられており、終戦後に誕生した不村愛一郎は、生まれつき足がない代わり、神がかり的な予知能力によって家を富ませていった。だが、そんな不村家を悲劇が襲う。
プロローグにあたる「水憑き」に続く実質的な第一話「さんざしの犬」では、奉公人同士のあいだに生まれた菊太郎の視点から、悲劇を迎える前の不村家の奇怪な暮らしぶりが描かれる。不村家は躰のどこかに障碍がある奉公人ばかりを集めており、菊太郎の両親もそうだったが、彼自身は数少ない障碍がない奉公人として暮らしている。そんな不村家の描写は、江戸川乱歩の『孤島の鬼』さながらであり、冒頭から異様な世界へと一気に引き込まれることになる。
そして、物語を読み進めるにつれて、不村家の謎は深まってゆく。狐憑きや犬神憑きなどとは異なり、不村家にしか伝わっていない「水憑き」とは何なのか。菊太郎などごく一部の人間にしか見えない「あわこさま」の正体とは。そして、不村家に奉公人を紹介する役目を務め、その後も同家の関係者のもとに姿を現す木村という男は何者なのか。
因習に満ちた集落、憑きもの筋として畏怖される旧家……といった古めかしい世界観からスタートしつつ、物語は、そこから解放されようとする末裔たちの苦悩へと重心を移してゆく。世相の変化につれて闇が駆逐されてゆく中、彼らは一族の血の呪縛から果たして逃れられるのか。怪奇幻想と謎解きとを絡ませつつ、異形の美の世界を現出した意欲的な小説である。
『不村家奇譚―ある憑きもの一族の年代記―』
彩藤アザミ
新潮社
〈「STORY BOX」2022年2月号掲載〉