採れたて本!【エンタメ#02】

採れたて本!【エンタメ】

 恋愛ほど、「もしも」を考えてしまうジャンルはないのかもしれない。もしも自分がこうしていたら、あるいは、もしも状況がこうだったら、あるいは、もしも相手がこう言っていたら……。どうしても考えてしまうのが、恋愛なのではないだろうか。それはきっと仕事や勉強や趣味や育児や、その他多くの悩みごとに比べ、自分ではどうしようもない部分が大きいからだろう。恋愛において、自分の努力が通用する範囲はあまりに狭い。コントロールできない他者というものに対して、それでも自分のほうを向いてほしいと願ってしまう。だからこそ、「もしも」と、自分の手に入らなかった状況を、人は頭に浮かべてしまう。

 本書『世界が青くなったら』は、そんな恋愛の「もしも」の妄想を具現化したかのような店が舞台となっている。それはパラレルワールドにおいて生きる、望む相手に会うことができるという、不思議な店だった。

 主人公の佳奈は、ある朝起きると、彼氏の亮が姿を消していることに気づく。失踪したのではなく、この世から存在が消し去られているようなのだ。写真にもSNSの履歴にも部屋にもその存在は残っておらず、友人たちも誰一人として亮のことを覚えていない。友人の茉莉に相談すると、昨夜起こった異常気象と、そして彼女が見た夢と、もしかしたら彼の消失は関係があるのではないか、と言われる。その夢は、とあるお店の住所を伝えていた。

 主人公が不思議な店に出会い、異世界へ入り込むきっかけをつかむ……。このあらすじだけ聞くと、よくあるファンタジー小説の展開だと思うかもしれない。しかし本書の異世界は、通常のファンタジー小説のようにまったく未知の世界というのではなく、自分がもしかしたら選んでいたかもしれない選択肢を体現したパラレルワールドなのである。

「もしも」違う選択をしていたら? 私たちはついそんな妄想を繰り広げてしまう。しかし実際にその「もしも」が反映された世界を見に行くことができたら、意外と人生にさらに迷ってしまうのかもしれない。「もしも」を考える状況が恋愛なら、尚更だ。本書を読むと、そんなことを考えてしまう。佳奈は亮に関係する「もしも」の真相を知りながら、結果的に亮と向き合うことになる。

 私たちは選択を間違ったかもと思いながら、それでも生きていかなくてはいけない。しかしそれは決して苦しいことではなく、意外と幸福な状況なのかもしれない。そんなことを爽やかに感じさせてくれる一冊である。

世界が青くなったら

『世界が青くなったら』
武田綾乃
文藝春秋

〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

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