思い出の味 ◈ 武田綾乃
出町柳駅で下車し、鴨川に掛かる橋を歩く。学生の街と言われるだけあり、京都では至る所で学生の姿を見掛けた。そして数年前まで私もその中の一人だった。
「えー、君たちウチの大学通っててアレ食べてへんの?」と美学芸術学の教授は笑った。私が一回生の頃の話だ。授業中の教室には百人程度の学生がおり、どの子も同じ学部の生徒だった。「アレってなんですか?」と一人の生徒が空気を読んで尋ねた。「アレってアレやん。『出町ふたば』の豆大福。僕はね、アレを初めて食べた時感動したのよ。これを食べずに卒業するなんて勿体ないで」それからしばらく教授の豆大福トークが続いた。内容はほとんど覚えていないが、とにかく教授のグルメレポが凄かったのだけは覚えている。なんせその翌日の授業終わりには、私は出町商店街へと足を運んでいたのだから。
実を言うと、私はそれまでの人生で豆大福を食べたことがなかった。別に嫌いだというわけじゃない。ただ、大福の主役は餡子と餅なのに、どうしてわざわざ豆を入れる必要があるの? とは思っていた。冷やし中華にスイカ、ポテトサラダにリンゴ。どうして世の中の料理は既に完成されたものに色々と付け足してしまうのか、私の長年抱く疑問だった。
出町ふたばは人気の和菓子屋で、私が店に着いた時には行列が出来ていた。話に聞いていたのは豆大福だけだったのに、その他のラインナップも魅力的で、行列に並んでいる間も私の目は忙しかった。自分の番になり、私は豆大福と桜餅を二つずつ買った。駅までの道中で我慢が出来なくなり、鴨川の河川敷に座って豆大福を一つ食べた。柔らかい! というのが最初に浮かんだ感想だった。つきたてなのか餅はふわふわで、歯が沈む感触が気持ち良かった。全体に散らばっている豆のしょっぱさと餡の甘味の塩梅も完璧だ。どうやら教授の昨日の言葉は誇大広告ではなかったらしい。
やっぱり豆あっての豆大福だな、と私は昨日の自分にすぐさま手の平を返した。美味しいものの前で意地を張るのは、馬鹿らしいことだと知っていたから。