採れたて本!【ライトノベル#04】

採れたて本!【ライトノベル】

 周囲の人間がほとんどそのまま地元で就職するような東北の地方都市に生まれ、「分相応を心がけ」「身の程をわきまえ」て生きることを自分に課してきた高校三年生の真嶋正太。そんな彼が忍び込んだ夜の教室でクラスメイトの月森灯と遭遇するところから本書は始まる。こういう導入の場合、ヒロインの正体が吸血鬼だったり人外の化け物で、日常の裏側で行われる戦いに巻き込まれたりするのが定番だが、灯は昼夜が完全に逆転しているのと、トップレベルの学力を持つ以外は普通の少女。そんな彼女の「才能がなくても東大には入れる」「誰でも努力さえすれば」という言葉に反発して、自分の無能さを証明すべく、東大(不?)合格を目指し、夜の教室での勉強会を始めるというのが庵田定夏『僕たち、私たちは『本気の勉強』がしたい。』だ。

 ライトノベルというのは、十代を中心とした若い読者の需要に全力で応えようとする存在だ。だから特別な能力を持って転生した主人公が大活躍する異世界ファンタジーや色とりどりのヒロインを取りそろえたハーレムラブコメが人気を博すのと同時に、少年少女の思春期の悩みに寄り添おうとする小説がベストセラーになったりもする。一千万部以上を発行し、三期にわたってアニメ化された渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(ガガガ文庫)などがその代表例だが、庵田定夏もアニメ化もされたデビュー作『ココロコネクト』(ファミ通文庫)以来、優れた青春小説を書き続けてきた作家である。

 東大受験が題材のフィクションと言えば、多くの読者が思い浮かべるのが三田紀房『ドラゴン桜』(モーニングコミックス)だろうが、あちらに比べて読者を東大受験へと導くための叱咤激励や、具体的な受験ノウハウなどはやや控え目。

 本書の主題はそれ以前、東大を目指す「まで」の物語だ。クラスの空気、家族との関係、様々なしがらみの中で、才能がない自分にはそれなりの人生しかないと可能性を閉ざしている。それでいて、そんな自分を受け入れられないもうひとりの自分がいる。そんな十代の切実な心情を丁寧に切り取りながら、ひとりの少年が青春をかけて挑むに値する「何か」に出会い、困難な目標に向けて歩み出すという普遍的な「最初の一歩」を、受験勉強を題材に描いたのが本書だ。

 異世界転生ものを筆頭に、本歌取りを何重にも重ねたような極めてハイコンテクストでピーキーな創作が人気ジャンルとなる一方で、驚くくらい直球ストレートな青春文学が描かれる。こういうところも、ライトノベルの面白さだと思う。

僕たち、私たちは、『本気の勉強』がしたい。

『僕たち、私たちは、『本気の勉強』がしたい。』
庵田定夏 イラスト=ニリツ
MF文庫J

〈「STORY BOX」2022年8月号掲載〉

【著者インタビュー】小川 哲『地図と拳』/短命に帰した満洲国の歴史に、人工都市の虚像を上書きする大胆不敵な試み
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