採れたて本!【デビュー#04】
日本ファンタジーノベル大賞は、もともとジャンル・ファンタジー(いかにもファンタジーらしいファンタジー)のための賞ではなかったが、中断をはさんで2017年にリニューアルされてから5回目を迎えた今も、事情は変わらない。選考委員の恩田陸いわく、「ファンタジーはあくまでも手段であって、目的ではない」。
というわけで、「日本ファンタジーノベル大賞2021」の大賞を射止めた藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』は、〝恋愛の成就〟というテーマを描くために、〝人魚との恋〟という手段を利用している。人間と人間ならざるものが結ばれる〝異類婚姻譚〟は、日本なら「鶴女房」や「葛の葉狐」、海外なら「かえるの王さま」「美女と野獣」など、古今東西、枚挙にいとまがない。本書の特徴は、そういう既存の〝異類婚姻譚〟に作中で言及するメタ構造を持っていること。
時は江戸時代(推定)。主人公の孫一郎は、父の死後、商才に長けた弟に家業の呉服屋を譲って、28歳の若さで楽隠居。父親が遺した屋敷に引っ越し、あらゆる義務から解放されてのんびり暮らしはじめたところ、庭の池に棲む人魚(=鯉姫)にいきなり見初められる。
「ね、おたつね、孫一郎と夫婦になってあげようと思うの。嬉しいでしょう」
と、開巻冒頭、上から目線で求婚してくる鯉姫は、〈上半身だけなら十をやっと越えたくらいの尋常な童女に見えるが、その腰骨から下は鯉のような尾鰭がつき、純白の鱗が並ぶ地に鮮やかな緋盤がいくつも浮かんでいる〉。
この娘と夫婦になるのはさすがに無理──とまでは言わないものの(孫一郎は心優しい男なのである)、おたつにせがまれるまま、〝人と人じゃないもの〟の結婚が悲惨な末路をたどる話を独自バージョンで語って聞かせる。「猿婿」や「つらら女」「蛇女房」……。
これらの話が〝大人のための残酷童話〟的にたいへん面白いのだが、なんとか翻意させようとする孫一郎の作戦もむなしく、おたつは悲恋の結末をいつもハッピーエンドと受けとってしまい、二人の思いはすれ違う。そのくりかえしの間にいつしか両者の絆が深まって──と、異類ロマンス的にもだんだん話が盛り上がってくる。そして迎える〝これしかないという結末〟(恩田陸)はじつに鮮やかで、いつまでも胸に残る。
著者の藍銅ツバメは1995年、大阪府生まれ。徳島県吉野川市に育ち、徳島大学総合科学部人間文化学科卒業。いまは東京在住で、司書として図書館に勤めながら小説を書いているという。
『鯉姫婚姻譚』
藍銅ツバメ
新潮社
〈「STORY BOX」2022年9月号掲載〉