採れたて本!【デビュー】

採れたて本!【デビュー】

 ハヤカワSFコンテストから、年間ベストテン級の斬新なサスペンスが登場した。近未来の首都高速を背景にした前代未聞のカー・アクション。なにしろ、主役はクルマなのに、人間はだれもそのクルマを運転していないのである。

 時は2029年。人間のドライバーを必要としない、レベル5の完全自動運転車が日本でも急速に普及している。その立役者が、T大を中退し、自動運転アルゴリズム開発のスタートアップ起業、サイモン・テクノロジーズを立ち上げた坂本義晴社長。同社の完全自動運転アルゴリズムは、業界最大手のマツキ自動車にいちはやく採用されたのをはじめ、国内で8割のシェアを誇る。

 天才的なプログラマだが人付き合いの苦手な坂本社長は、マツキから貸与された実験車両を仕事場に、だれにも邪魔されず、日々ひとり開発に没頭している。

 だが、ムカッラフと名乗る謎の襲撃犯がその車両をハイジャック。車は首都高速中央環状線を走り始める。坂本社長の体を拘束し、嘘発見器をとりつけた犯人は、坂本が殺人犯であることを証明してみせると宣言し、生配信を開始する。

 ムカッラフいわく、車にはC4爆弾をとりつけた。60分以内に首都高を封鎖せよ。さもなければC4が爆発し、搭乗者のみならず首都高本体にも甚大な被害が出る。また、以下の場合にもやはり爆発が起きる。①他の車両が半径2メートル以内に近づいた場合。②この車の速度が時速90㎞を継続的に下回った場合。③すべての動画配信がストップした場合。

 まるで映画『スピード』(またはその源流の『新幹線大爆破』)の近未来版みたいだが、小説の真のテーマはトロッコ問題。いずれかの人命の犠牲が避けられないとき、自動運転車は命の重さをどう判断するのか? これは、コロナ禍のわたしたちが日々直面している問題(感染拡大のリスクと経済活動低迷のリスクのどちらをとるか)とも重なる。その意味では実にアクチュアルな社会派ミステリーだが、それを一気に読めるエンタメの定型に落とし込んだところがミソ。1年前の自動車事故で車いす生活となったIT音痴の中年警部補を捜査側の主人公に据えることで、この分野に疎い読者もすんなり読める親切設計になっている。

 SFの新人賞なので大賞ではなく優秀賞に甘んじたが、江戸川乱歩賞や「このミステリーがすごい!」大賞などミステリー系の新人賞なら余裕で大賞を獲れそうだ。著者は1990年、東京生まれ。東大工学部卒のソフトウェアエンジニアで、2019年には日経「星新一賞」の優秀賞を受賞している。

サーキット・スイッチャー

『サーキット・スイッチャー』
安野貴博
早川書房

〈「STORY BOX」2022年3月号掲載〉

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.33 丸善お茶の水店 沢田史郎さん
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