採れたて本!【エンタメ】

採れたて本!【エンタメ】

 自分が働いて稼いだお金を、一体何のために使いたいか。そう問われると、皆が「幸せのため」だと答えるのではないだろうか。鞄や服を買うのも、生活用品を買うのも、家族で暮らす場所を買うのも、休日に過ごす旅行先の宿泊を買うのも、すべて自分や周囲の人間の幸せが手に入ると思っているからだろう。しかし他人や時代の空気に流されず、何が自分の幸せに貢献するのか、本当の意味で理解するのはとても難しい。日々の忙しさに紛れてわからなくなっていた、自分の幸せ。百貨店という舞台を通して、本書はその輪郭を浮き彫りにしようとする。

『上流階級』のシリーズは、主人公の鮫島静緒が百貨店の外商員として勤務する日常を描いた物語である。結婚を控えたリッチなカップル、世界的イラストレーター、京都の老舗菓子屋のお嬢様など、静緒の顧客の事情はさまざまだ。百貨店の外商というと読者から遠い世界に思えるかもしれない。しかしそこで起こっている人間ドラマは、たしかに私たちのよく知る葛藤そのものなのである。

 シリーズ四冊目となる今回は、静緒がアラフォーになり、会社員として部下を持ち、体の異変も感じ始めた様子を描いている。本作において、静緒は自分のキャリアと人生のプライオリティについて悩む。だれしも悩まずに仕事をしている人などいないだろうが、バイトから始まって無我夢中に仕事をしてきた静緒が今後のキャリアについて考えている様子には、なんとも親近感を持つ人が多いのではないだろうか。

 作中、静緒は言う。「長い間、自分の願望を言語化したり表に出したりすることをしないでいた。そういう衝動を表に出さないことがいい大人の証であるように錯覚してきたのだ。けれど、表に出さず押しつぶすのと、うまくコントロールしていくのとは明確に違う。自分の欲は表に出してもいいのだ。きちんと制御さえできていれば、やりたくないこと、やりたいことを伝えてもいいのだ」(『上流階級 富久丸百貨店外商部 Ⅳ』より引用)──たしかに自分の好きにお金を使うことに、罪悪感を持つことはある。こんなにお金を使っていいのかなとひるむこともある。しかしだからといって自分の本当の欲求や、それを抑圧していることを自覚しないことは、また別の問題なのだと本書は告げる。

 ともすればコロナ禍によって我慢や世間を気にすることばかり強調される現代の日本において、このシリーズは常に自分の幸せを忘れないこと、自分を大切にすることの重要性を語る。その前向きな姿勢に救われる読者も多いはずだ。

上流階級 富久丸百貨店外商部 Ⅳ

『上流階級 富久丸百貨店外商部
高殿 円
小学館文庫

〈「STORY BOX」2023年2月号掲載〉

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