採れたて本!【エンタメ#06】

採れたて本【エンタメ】

『君の名は。』『天気の子』を大ヒットさせた新海誠監督の新作長編『すずめの戸締まり』が11月11日に全国で公開される。本書『小説 すずめの戸締まり』は、それに先駆け刊行された自身による小説版だ。『秒速5センチメートル』以降、新海は度々自作の小説化を手がけ、特に『君の名は。』からは、映画に先駆けた「原作小説」として刊行、公開前からベストセラーとなるのが恒例になっている(本書もすでに発行部数30万部を突破)。

 新海作品の魅力と言えば、特徴的な背景美術とともに、キャラクターの切実なモノローグが上げられる。その意味で、登場人物の心情描写によって綴られる小説は、映像以上に、新海誠の作家性を堪能できる媒体と言えるだろう。

 物語は、九州宮崎で叔母と二人暮らしの女子高校生・鈴芽が美しくも謎めいた青年と出会うところから始まる。青年・草太は、日本各地の廃墟に現れて、地震を引き起こす扉を閉めてまわる「閉じ師」だった。ところが草太は、不思議な白猫の呪いで使命を果たせなくなり、代わりに鈴芽が草太を連れて、宮崎から愛媛、神戸、東京からさらに先へ、彼とともに扉を閉める旅をすることになる。

『君の名は。』の巨大隕石、『天気の子』の異常気象と、新海は続けざまに天災を描いてきた。『君の名は。』は同時期公開の庵野秀明『シン・ゴジラ』とともに「311映画」という視点からも論じられた。その新海がついに震災というテーマに正面から挑んだのが、本作と言えそうだ。しかも、それは新海や私たち大人にとってのではなく、物心もつくかどうかわからない時に、いきなり途轍もない不条理に直面させられた、若い世代にとってのものである。

 新海の武器は心情描写だと先に書いた。しかし彼の得意とする対象は(まるで自身の分身のような)心に欠落を抱えた繊細な青年の自意識だった。作品によってはそれがあまりに強烈すぎ、バランスを崩すことさえあった(たとえば『星を追う子ども』。同作のセルフリメイクという側面も本作には感じられる)。そんな作り手が今や、若者の声の代弁者として言葉を紡いでいることに、長年のファンである評者は驚きを隠せない。もしかしたら、そういう強烈な自意識を抱えた作り手が、若者という他者の内面に寄り添うために必要だったのが、映画の公開に先駆けて、彼ら彼女らの一人称で小説を書き下ろすという『君の名は。』以降の過程だったのではと妄想したりもする。

 本稿執筆の時点で映画はまだ公開されていないが、新海誠の映像は震災をどう描くのか。公開日を心待ちにしている。

小説 すずめの戸締まり

小説 すずめの戸締まり』
新海 誠
角川文庫

〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉

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