採れたて本!【国内ミステリ#09】
物語の早い時点で誰によって犯行がなされたかが明記され、以降は犯人側の視点で進展するミステリを「倒叙ミステリ」と呼ぶ。オースティン・フリーマンの『歌う白骨』が元祖とされるが、今の日本のミステリファンが倒叙ミステリと聞いて想起するのは、アメリカのTVドラマ『刑事コロンボ』か、そこから影響を受けた日本のTVドラマ『古畑任三郎』だろう。現代日本の作家が手掛けている倒叙ミステリも、おおむねこの両シリーズのフォーマットに則っている。
では、そこから外れた倒叙ミステリはないのか……といえば、森晶麿の『黒猫と語らう四人のイリュージョニスト』がそれに該当する。著者の第一回アガサ・クリスティー賞受賞作『黒猫の遊歩あるいは美学講義』に始まる「黒猫シリーズ」の第九作だ。このシリーズは、美学専攻の若き大学教授「黒猫」がさまざまな謎を推理するさまを、E・A・ポオの研究者である「付き人」が記述するスタイルを取っているが、最新刊の本書は黒猫の失踪から開幕する。付き人は黒猫の行方を知るため、彼の研究室を訪れた四人から事情を訊くことにしたが……。
本書の帯には「黒猫シリーズ初の倒叙連作集」と記されている。ただし、一般的な倒叙ミステリのイメージとはやや異なるだろう。本書の四つのエピソードは研究室を訪れた四人それぞれの視点で描かれているが、彼らの行為自体は凶悪犯罪とは言い難く、読者には伏せられているその手段や動機を黒猫が見破る過程が物語のメインとなっているのだ。
高踏的な美学に基づく推理を繰り広げつつ、現代の世相を反映しているのも特色のひとつだ。例えば第二話「少年の速さ」は、ある映画に主演として抜擢された俳優の平埜玲が主人公。彼は監督の木野宗像から「美が消えた」と罵倒され、芸能界から姿を消す。両者の関係は、明らかに『ベニスに死す』の監督ルキノ・ヴィスコンティと主演俳優ビョルン・アンドレセンのそれを踏まえており、数年前のドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』では、美少年スターとして売り出されたビョルンに対する関係者たちの搾取を彼自身が回想していた。しかし、美学者としての黒猫は「芸術はモラルで作られていない」という立場を取り、昨今の「政治的正しさ」の暴走とは距離を置く。そして、玲がかつて主演した映画の上映会で、木野監督が衝撃を受けて卒倒した理由は何か……という謎の解明には、昨今、映画界を実際に騒がせているもうひとつの話題が巧みに絡ませてあるのが秀逸だ。著者にしか書けない異色の倒叙ミステリを味わってほしい。
『黒猫と語らう四人のイリュージョニスト』
森 晶麿
早川書房
〈「STORY BOX」2023年6月号掲載〉