田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第11回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


「本の窓」から「小説丸」に移籍してまいりました「読書の時間 未来読書研究所日記」でございます。今後も本と読書の現在地を読者の皆さまと一緒に考えていけたらと思っております。どうぞよろしくお願いします。
 

 先日、とあるイベントに参加した際、中学生と高校生の2人から声をかけられた。手渡されたチラシには、「『本を通して人がつながるほん日和びより』(ただいま準備中!)事業計画書」と記載されていた。

 2人から企画内容を教えていただいた。

 長野県軽井沢町内の小・中・高全7校(軽井沢風越学園、西部小学校、中部小学校、東部小学校、軽井沢中学校、軽井沢高等学校、ユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAK ジャパン)から選ばれた27名の運営メンバーが「本日和」運営チームを設立し、「本を通して軽井沢の子とつながりたい」、「学校をこえた交流がしたい」という想いを形にすべく準備を進めており、目的は「年齢、言語関係なく、本を通して築かれる、お互いを尊重しあうコミュニティー」をつくることだという。

 軽井沢風越学園では、学校に図書室が付属しているのではなく、校舎の中心に約3万冊の蔵書を有する図書館が設けられている。その環境を最大限に生かし、「読書家の時間」と「作家の時間」を中心とした国語の授業が展開されるなど、読書が学びの土台となっている。

 そんな本に囲まれた学園で生活を送っている子どもたちが2022年4月に、学園内で本にまつわるイベントを「本日和」と名づけて企画・実施し、多くの生徒に楽しんでもらえたことが喜びだった、と。今回は、学校を離れ「本日和」の楽しさを軽井沢町全体の子どもたちで共有したいという想いに賛同した町内の全7校の生徒が集い、軽井沢町を巻き込んで、本を介した子どもたちの交流の場を創る様々な企画を立て、準備を進めているという。

 本を介したコミュニティーづくりについて、これほどまでに楽しそうに話していただいたのははじめてかもしれない。しかも、それを話してくれたのは中学生と高校生の子どもたち、である。周りに親や先生がいない環境下、2人だけで。心から応援したくなり、その場で「NPO法人読書の時間」として「本を通して人がつながる本日和」に参加させてもらうことを約束した。「本日和」が開催される12月3日が今から待ち遠しい。

 すべての学校が軽井沢風越学園のような活動をすることは難しいと理解しているが、学校図書館の利用の仕方ひとつで子どもたちの本や読書に対しての意識を変えられることを、各自治体の学校図書館行政に携わる方々に知ってほしいと思う。教科としての授業だけではなく、すべての教科を学ぶ土台づくりとして読書を活用できることを。土台づくりとしての書籍の活用は、伝える学びでは身に付けることが難しい「自身で調べる学び」を身に付けさせることにつながる。それは、子ども自身が問いを立て、調べ、考え、そして誰かに伝える基礎となる知識や技術を身に付けることにつながっていくのだと思う。

 そして、それが読書の役割であり、読書することで得られるのだと知ってもらうことで、未来の読者が創られていくのだと僕は考えている。ネット社会を生きる今の子どもたちにこそ、小中学生の時代の読書の重要性を知ってもらいたいとNPO法人読書の時間が訴えているのは、それが理由なのだ。

 小中学生時代に読書の役割を知り、調べ考える技術を身に付けた子どもたちは、たとえ高校・大学時代に読書から離れたとしても、もう一度本と読書に戻ってくる傾向にある。NPO法人読書の時間が、学校図書館の整備と積極的な利用を促しているのは、その活動が未来の読者を育むと考えているからであり、これからも地道に活動し続けたいと強く思った出来事だった。

 また、子どもたちの話を聞き、環境づくりの大切さを実感した。風越学園だけではなく、軽井沢という町がそのような土台と環境を創り出しているのだと感じるイベントに参加した。アウトドアリゾートのライジング・フィールド軽井沢で開催された「軽井沢ブックフェスティバル2023」である。

 本稿は、ライジング・フィールド軽井沢のロッジで書いている。9月に入っても猛暑が続き、今年はいつまでも夏が続くのではないかと思っていたが、季節は移ろうものである。秋の夜の軽井沢を甘く見ていた軽装の僕は、テントの中の寝袋で震えながら眠りについた。寒さで目が覚めてしまい、浅間山の麓の暗闇の中、ランタンの明かりの下で原稿を書いている。

「軽井沢ブックフェスティバル2023」は、本を愛する誰もが、本を通して仲間と出会い、楽しみ、語り、学び、自然の中で自分を解放する軽井沢を舞台にした本の祭典として、今回がはじめての開催となる。古くは堀辰雄や室生犀星、有島武郎など、多くの作家が愛した軽井沢。最近では、「本」に関わる人がたくさん集まり、そして交流を重ねているという。昨日も、在京の出版社を退社後、自身の身の丈に合った出版の姿を追い求めるために軽井沢に移住した方々のお話をうかがった。それは、前回書かせていただいた「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」について考えを深めることにつながる時間となった。

「軽井沢ブックフェスティバル2023」は、本にまつわる様々なセッションが企画されていた。中でも興味深かったのは、「一人出版社が語る『僕たちが未来に向けてつくる本』」のセッションだった。ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんを司会進行に、センジュ出版代表の吉満明子さん、編集者でブックレーベル・はちようどう主宰の岡澤浩太郎さん、あさま社代表の坂口惣一さんによるセッションは内容の濃い、問いと学びが多いものだった。

「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」という2つの円の重なる部分とそれぞれの大きな違いをしっかりと認識することができた。それは、登壇者3人が出版物に持たせる耐用年数の違いだった。読者を消費者と呼ばず、本を消費する物としては見ていないのだ。3人ともに「大きな出版業界」において、ベストセラーを生み出し、ブームを創ってきた方々であるからこそ、初速の動き次第で読者がいないと判断され消えていった数々の本に対する強い想いが生まれたという。それが、一人出版社を立ち上げることにつながったのだ、と。

 決して「大きな出版業界」を否定するのではなく、「大きな出版業界」の中では表現し続けることができなかったことを「小さな出版界隈」に移り実現しようとしているとお話しされていた。

 セッションでは、全員が農業と野菜づくりの話をする時間があった。出版を農業に喩えているのではなく、「大きな出版業界」では得ることが難しかった時間を得た経験を、生々しく語ってくださった。その一方で、吉満さんが「小さな出版界隈」における商いとしての出版の難しさを語られていたのも大切な問いだったと思う。センジュ出版が目指すのは、センジュ出版を通じ「この世の中に、少しずつ、自分の機嫌を自分でよくできる人を増やすこと」だと言い切る。吉満さんをはじめ今回登壇された皆さんのお話をうかがうことで、「小さな出版界隈」の面白さと意義とその輪郭に触れることができた気がする。
 


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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