採れたて本!【国内ミステリ#25】

採れたて本!【国内ミステリ#25】

 日本刀をめぐる兄弟の相剋を描いた小説といえば、赤江瀑の名作『オイディプスの刃』が思い浮かぶ。『不夜島(ナイトランド)』で第77回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞した荻堂顕の新作長篇『飽くなき地景』も、他にタイトルを考えるとすれば『オイディプスの刃』になりそうな小説である。

 主人公の烏丸治道は華族の嫡男として生まれた。美を愛する彼は、実業家の父・道隆に反感を抱く一方、美術品の蒐集家だった祖父・誠一郎を尊敬していた。だが、誠一郎は戦後に歿し、治道は大学に入る少し前、腹違いの兄・直生と対面させられる。そして、烏丸家の家宝である一振りの刀──粟田口久国の無銘を、父が勝手に愚連隊の幹部・藤永に譲り渡してしまったことを知った時、治道はある無謀な行動に出る。

 この青春のエピソードを発端として、本書では治道の人生の終わり近くに至るまでが、敗戦、高度経済成長、東京オリンピック……といったこの国の歴史とともに進行してゆく。その過程で治道は、憎んでいた父の下で実業の世界に入り、父に経営の才を認められた異母兄・直生と確執を繰り広げることになる。恐らく、道隆には西武グループ創業者の堤康次郎、直生にはその後継者となった堤義明、そして主人公の治道には、辻井喬の筆名で小説家になった義明の異母兄・堤清二のイメージが、それぞれ重ねられているのではないか。もちろん単純に堤一族だけをモデルにした小説ではなく、芸術に魅了されながら自身のからだを鍛えることに余念がない治道は、どこか三島由紀夫を連想させるところもある。

 治道の人生を通して描かれるのは、戦後昭和という時代であり、東京という都市そのものである。一度は焦土と化した東京は、時代の激動の中で恐ろしいほどの復興を遂げてゆく。その変貌の歯車を廻すのが俗物的な道隆だが、彼には彼なりの信念がある。治道はそれに対し、自らの価値観を打ち立てることが出来るだろうか。

 自身の意に反する社会的立場を獲得しながらも、治道はあの粟田口久国の刀に常に囚われ続けている。誠一郎が烏丸家の守り神と称したその刀こそが、父や異母兄を軽蔑し、祖父を敬慕するよすがだからだ。しかし、この刀には意外な秘密が隠されており、それが治道のアイデンティティを揺さぶることになる。祖父、父、自分自身という烏丸家三代の本質を人生の終わりにようやく見定めた治道が、祖父が遺した上の句に下の句をつける最終ページは、この大河小説の締めくくりとしてまさに完璧である。

飽くなき地景

『飽くなき地景』
荻堂 顕
KADOKAWA

評者=千街晶之 

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