採れたて本!【国内ミステリ#22】
2021年、第63回メフィスト賞受賞作『スイッチ 悪意の実験』でデビューした潮谷験は、タイムループを取り入れた『時空犯』、人身牛頭の怪物が世界各地に現れるようになった社会が舞台の『ミノタウロス現象』など、ヴァラエティ豊かなミステリを発表している。新作『伯爵と三つの棺』は、著者初の歴史ミステリであり、しかも今までで最も本格ミステリ度が高い作品だ。
18世紀、ヨーロッパの継水半島と呼ばれる地方にある王国に、中流貴族の次男として生まれた「私」は、同世代のナガテという少年と知り合った。ナガテは三つ子の次男であり、「私」は彼のみならず、長兄のスタルディオ、末弟のオルシーダとも親しくなる。やがて、「私」はD伯爵の政務書記に取り立てられた。その頃、フランスで革命が起き、伯爵は先祖伝来の古城の改修を思い立った。「私」は、それぞれ異なる才能を持つナガテたち三兄弟に改修を任せるよう進言する。ところが、三兄弟の実父だという元吟遊詩人が城で射殺された。目撃証言によれば、犯人が三兄弟のうちの誰かなのは間違いなかったが……。
本書のタイトルは、ジョン・ディクスン・カーの名作『三つの棺』を意識したものだろう。この作品にも東欧出身の三兄弟が登場するのだが、本書では、犯人が三つ子の兄弟の一人であることは明らかなのに、目撃者の誰もが(三兄弟と最も顔を合わせた回数が多い「私」でさえも)犯人を特定できない──というシチュエーションが用意されている。何しろ18世紀なので、指紋鑑定などの科学的捜査はまだ発明されていない。とはいえ啓蒙主義の世紀でもあるので、中世のように容疑者を見境なく拷問にかけて自白させるわけにもいかない。この国の大貴族は「公偵」と呼ばれる臣下に犯罪捜査を任せるのが常だったが、この事件の場合は呼び寄せられた公偵に加え、目撃者となった伯爵自身も自ら捜査の指揮をとることになった。この伯爵、大変真面目で愛すべき人柄なのだが、間違った推理を得意気に披露して臣下を困らせるなど、この物語にユーモラスな趣を与えている。
やがて、主席公偵の推理によって犯人は特定されるが、その時点で残されたページはまだかなりある。そこから先、物語は思いがけない方向へと展開してゆく。何故、本書がフランス革命の時代を背景にしているのかも、この終盤で明らかになる。すべての伏線を回収して本格ミステリとして鮮やかな決着をつけると同時に、悲哀に満ちた、それでいて豊かな余韻を読者の胸に残す本書は、間違いなく著者の最高傑作である。
『伯爵と三つの棺』
潮谷 験
講談社
評者=千街晶之