採れたて本!【海外ミステリ#26】

採れたて本!【海外ミステリ#26】

 私立探偵の視点は、社会を見つめる視点である。社会の歪みや不正義が、犯罪の形で噴出するとき、警察組織とは異なる一人の人間として、私立探偵は犯罪に対峙する。一人の個人として、私立探偵に何が出来るか。そこにドラマが生まれる。

 だとすれば、S・J・ローザンの〈リディア&ビル〉シリーズの強みは、その「視点」を二つ持っていることだろう。中国系アメリカ人女性のリディア・チンと、アイルランド系白人男性のビル・スミス。作者は長編作品において、この二人の視点をだいたい交互に用いるが、犯罪の形は、視点人物のキャラクターによって規定される。ローザン作品のベストが読み手によって違うのは、リディアとビル、どちらの語りが肌に合うか、という点が大きな分岐点になっているのは間違いないが、さらに言えば、視点が違う以上、語られる事件の質も異なっているのだ。このシリーズでは語り手が作品の性質そのものを決定しており、そういう意味で、絶好の「キャラクター小説」であるといえる。

 したがって、チャイナタウンに多大な影響力をもつギャング、リ・ミン・ジントンを巡る騒動を描く最新作『ファミリー・ビジネス』の視点は、リディア・チンであるべきだ。

 ギャングのボスが病没し、彼が所有していた古い建物の所有権が姪のメラニーに譲渡される。リディアは彼女から依頼を受け、護衛の任務に就くが、なんとボスの葬儀の翌日に殺人事件が起こってしまう。一体犯人は誰なのか?

 ギャングの人間関係に分け入っていき、王道のフーダニット展開をみせるところもさることながら、リディアのルーツにまつわる或る人物にフォーカスを当て、シリーズとしてもユニークな試みをしているのが面白い。リディアが語り手を務めた、シリーズで言うと二つ前の作品『南の子供たち』は(前作は『その罪は描けない』だが、こちらの語り手はビル)、リディア自身の事件とでもいうべき作品で、全体のトーンがその構想に引きずられてしまった感があるが、『ファミリー・ビジネス』はリディア自身の事件を絡めつつも、私立探偵小説のフットワークの軽さを取り戻しているように思える。リディアが視点人物を務める短編「ペテン師ディランシー」(『夜の試写会』収録)などと同じように、謎解きにコンゲーム風の味付けがしてあるのも心憎い。最後には、探偵自身の家族と被害者の家族、二つの家族の物語として綺麗に着地する。結末も見事だ。実に軽快で、かつ多面的な魅力を持つ私立探偵小説の収穫として、大いにオススメしておきたい。

ファミリー・ビジネス

『ファミリー・ビジネス』
S・J・ローザン 訳/直良和美
創元推理文庫

評者=阿津川辰海 

萩原ゆか「よう、サボロー」第89回
連載[担当編集者だけが知っている名作・作家秘話] 第27話 色川さんと那須の土地