採れたて本!【海外ミステリ#21】
陸秋槎の作品が邦訳されるたびに、その作風の多彩さに驚かされる。最初の邦訳作となった『元年春之祭』では歴史ミステリと本格謎解きの融合に驚き、『雪が白いとき、かつそのときに限り』では青春要素を交えて、かつての新本格ミステリを思わせる作風に。『文学少女対数学少女』では連作短編の趣向で楽しませてくれ、『ガーンズバック変換』ではSF、『盟約の少女騎士』ではファンタジーを描いた。そんな著者の最新作『喪服の似合う少女』はハードボイルドである。
一九三四年の中華民国で、私立探偵・劉雅弦は葛令儀という女学生から依頼を受ける。行方不明の友人を探し出してほしいというのだ。調査を始めた劉は、謎の男に襲われてしまうが、刺客を差し向けたのは、当の依頼人の伯父だった。なぜ彼は調査を妨害しようとするのか? 謎が深まる中、新たな事件が……。
本作の献辞は「ロス・マクドナルドに捧げる」となっている。ロス・マクドナルドは『さむけ』や『ウィチャリー家の女』などで知られるハードボイルド作家だが、法月綸太郎をはじめ、わが国では本格ミステリの読み手からも評価が高い。家庭の悲劇を中心に据え、人物関係のトリックを鮮やかに演出することに、この作家の強みがあるからだろう。陸秋槎のあとがきを読むと、ロス・マクドナルドをオマージュした結城昌治の『暗い落日』への言及があり、陸秋槎のリスペクトの深さが分かる。
本作が直接のオマージュ元としているのは、『ギャルトン事件』という長編である。日本ではハヤカワ・ポケット・ミステリで刊行されたきりで、現役では手に入らない。ギャルトン家から二十年前に失踪した息子の捜索を頼まれ、その先に、家庭の悲劇と一九五〇年代のアメリカの姿が浮かび上がる作品となっており、『喪服の似合う少女』と読み比べるのも面白いだろう。
おまけに本作は、コーデリア・グレイ(P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』など)やV・I・ウォーショースキー(サラ・パレツキー『サマータイム・ブルース』など)、キンジー・ミルホーン(スー・グラフトン『アリバイのA』など)などに連なる、「女性私立探偵」ものでもある。ここに挙げた探偵たちと同じように、劉雅弦という「視点」は、一九三四年の中華民国を映し出す鏡として、当時の社会が持つ女性に対する歪んだ視線を浮き彫りにする効果を上げている。
もちろん、これまでの陸作品と同じように、謎解きの趣向にも余念がない。その点でも、「ロス・マクドナルドに捧げ」られるべき逸品になっているのだ。中盤以降、事件と人間関係の見え方が少しずつ変わっていく書きぶりが素晴らしい。ラストの苦味は久しぶりに良いハードボイルドを読んだとしみじみしてしまった。
私立探偵・劉の次なる冒険を読みたいとも思わされる一方、またまったく違うベクトルの作品を見て驚きたい気持ちもある。どっちにしてもついていきたいと思わされる、そんな不思議な作家である。ともあれ、まずはこの『喪服の似合う少女』を、読み逃すことなかれ。
『喪服の似合う少女』
陸 秋槎 訳/大久保洋子
早川書房
評者=阿津川辰海