採れたて本!【国内ミステリ#35】

採れたて本!【国内ミステリ#35】

 殺人現場が外部から孤立して警察などを呼べなくなる「クローズドサークル」は、本格ミステリの舞台設定としては古くからお馴染みである。クローズドサークルの種類として最も頻繁に用いられるのは陸地と隔絶された孤島で、山奥のホテルや山荘なども結構多い。ただ、病院がクローズドサークルになる例は滅多にない。それも当然で、地域の命綱である病院が、そう簡単に外部と連絡不能になってもらっては困るのである。

 だが、山口未桜の第2作『白魔の檻』は、クローズドサークル化した病院を敢えて舞台に選んでいる。著者は『禁忌の子』で第34回鮎川哲也賞を受賞してデビューした新人作家にして現役医師だ。前作に引き続き、兵庫市民病院の消化器内科医師・城崎響介が登場する。

 城崎と同病院の研修医・春田芽衣(語り手)は実習のため、北海道の山奥にあるさらかっぷ病院に赴いた。だが病院は2人が到着した直後、濃霧に覆われて出入りできない状態となった。そして、芽衣の知人である病院スタッフ・九条環が死体となって発見される。病院関係者たちは事故死として片づけたがるが、城崎は殺人だと指摘する。犯人は、病院内にいるスタッフ・患者・来訪者、合計87人の中にいる……。

 いくら山奥とはいえ、たかが濃霧で病院がクローズドサークル化するものだろうか……と、読者は序盤の時点では思うに違いない。だが、最初の事件の発覚後、大きな地震が病院を襲う。しかも、近くの湖で発生していた硫化水素ガスの濃度が急速に上昇し、病院がそのガスに沈む危険に直面せざるを得なくなるのだ。つまり、ただのクローズドサークルではなく、エラリー・クイーン『シャム双子の謎』や阿津川辰海『紅蓮館の殺人』などと同様、黙っていたらそこにいる全員が命を落としかねない状況なのである。

 次々と襲い来る危機、パニックを起こす患者、必死で事態に対処する病院スタッフたち……と、本格ミステリというよりはパニック小説のような展開を見せるが、それと並行して第2、第3の事件が進行してゆく。クローズドサークルが舞台のミステリでは、犯人自身が橋を落としたりボートを故障させるなどして現場を孤立させることが多いが、本書の場合、当然ながら犯人が地震を起こせるわけはないので、この想定外の事態で犯行計画そのものも犯人の予定通りには進まない。そのあたりを城崎がどう解き明かすかが本書の本格ミステリとしての読みどころである。一方で、過疎地医療の現実がテーマの社会派ミステリとしても読み応えがある。

白魔の檻

『白魔の檻』
山口未桜
東京創元社

評者=千街晶之 

萩原ゆか「よう、サボロー」第123回
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