◉話題作、読んで観る?◉ 第39回「Arc アーク」
6月25日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
中国出身の米国人作家ケン・リュウのSF短編小説『円弧 アーク』を、『愚行録』『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督が映画化。〝不老不死〟をテーマにした異色ドラマに仕立てている。
17歳のリナ(芳根京子)は生まれて間もない息子を残して、実家を出た。ダンサーとして流浪の生活を送っていたリナだったが、エマ(寺島しのぶ)に拾われて「ボディワークス」の仕事を始める。
エマが手掛ける「ボディワークス」とは、遺体を生きたままの姿で保存するプラスティネーション技術によるもの。エマのもとで生と死に日常的に向き合うようになったリナは、エマの弟・天音とも知り合う。大人になった天音(岡田将生)はプラスティネーションを応用し、生きた人間が永遠の若さを保つことができる画期的なシステムを開発。リナはその被験者第1号に選ばれる。
見た目は30歳のままのリナは、50歳、89歳、132歳……、と年齢を重ねていくことに。芳根は内面の変化だけで演じ分けていくという難しい役に挑戦した。永遠の若さがもたらすのは、死や老化という恐怖から解放された幸せなのか、それとも絶え間なく続く苦痛なのか。
風吹ジュンが演じる末期がんを患う芙美は、原作には登場しない映画オリジナルのキャラクター。リナが見た目よりもずっと年齢を重ねていることに、芙美は一瞬で気づく。未来が待っている若者は足取りが軽やかで、あらゆることを経験した者の足音には諦観がにじみ出ているということらしい。実年齢に合った演技を見せる風吹と夫役の小林薫の存在が、物語に確かな重みを与えている。
SF小説の映画化だが、カズオ・イシグロの長編小説を映画化した『わたしを離さないで』と同じように、派手な特撮シーンはいっさい用意されていない。リナの生涯を通して、生きること、死ぬことの意味を静かに問い掛けてくる。
ネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞などを受賞しているケン・リュウは、他にも中国人の母と米国生まれの息子との葛藤を描いた『紙の動物園』、妖怪退治師の息子を主人公にした『良い狩りを』など、ファンタジー色の強い傑作短編の数々を発表している。SF界だけでなく、映画界でも注目の作家となりそうだ。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年7月号掲載〉